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37.商人の都市の算段(中編-1)

 王都。国王の執務室に、二人の男がいた。この国の最高権力者である国王と、軍の最高指揮官である元帥だった。


「魔術師団長のラーラに言われたよ。勇者と聖女はペテン師ではないか、とね。あれは、私に対して言いたかったんだろうな」


 国王が、力なく笑いながら言った。いつもの国王然とした態度は感じられない。国王と元帥は10年以上苦楽を共にしてきた盟友であり、お互いが気を許して接せられる数少ない人間だった。元帥が王都を訪れるたび、二人でこうして雑談を交わすのが恒例となっていた。


「ラーラも、10年前の決戦には思うところがあるのでしょう。そしてあの敗北は私の責任であり、陛下が気にされる必要はありません」


 国王を庇うように、元帥が言う。歳は30台半ばで、鍛え上げられた体に、威厳ともいえる風格が漂っている。


 10年前、二人は国力のすべてを注ぎ込み、魔王討伐の決戦に挑んだ。そして、”特別認識個体(ネームド)”2体を討伐したが魔王に敗れ、人類がもう立ち直れないほどの兵士や物資を失った。


 それから10年、さらに国力を失った人類は魔王勢力に敗北を繰り返した。二人は手を尽くし最善の敗北を続けることで、人類をなんとか生き長らえさせてきた。


「この国の結果は、すべて私の結果だよ。今の人類の困窮は、私の責任だ」


「――陛下」


 元帥が、国王を見据え、やや強い口調で言う。


「国民は、歯を食いしばりながら耐え続けています。陛下は、国民に希望を与え続けなければなりません」


「……うん、そうだね。少し弱気になってしまっていたようだ」


 国王は、苦笑いしながら頭を軽く掻いた。


「話を変えようか。勇者と聖女の件、元帥はどう思う? ラーラの言うようにペテンなのか、それとも真の人類の希望か」


「……正直、判断しかねます。人々が英雄を求めているのか、このような噂話は過去に何度もありましたから。しかし、今回は”特別認識個体(ネームド)”が実際に討伐されている可能性が高いです。早く実物に会ってみたいと強く思っています」


「そういう意味では、勇者と聖女の捜索をラーラに任せたのは最適だったかもしれないね。あの子は、王国最強の魔術師であり、頭も切れる」


「そうですな。ただし、ラーラの頑固さが少々心配ではあります。勇者を自称する人間と会ったときに、変なトラブルにならないと良いのですが」


「はは、元帥、それはさすがにないだろう。流石にラーラもそのあたりは心得ているよ。勇者を自称する人間が、とんでもない大バカ者だったら話は別かもしれないが」


 コンコンと、執務室の扉をノックする音が聞こえた。扉の外から、兵士が言う。


「宰相よりご連絡です。タチアナ商会から物流計画が送られてきました。また、太湖の都市のトーマン将軍から魔物の動向の報告が来ました。それらについて、国王に共有したいとのことです」


「うむ、わかった。宰相を読んでくれ。――さて、元帥との歓談もここまでみたいだね。すぐに”最前線”に戻る予定かい?」


「はい、陛下。”最前線”も戦力が低下し、目を離せない状況になっているので」


 元帥は、普段は魔王が人類が戦っているとされる”最前線”に駐屯していた。10年前の決戦で、人類が魔王勢力から唯一奪った領土だ。魔王を討伐するための壮絶な戦いが行われていると言われている”最前線”は、人類にとっての希望の象徴だった。


 国王に別れを告げ、元帥は執務室を出た。長い廊下を大股で歩きながら、軍営へ向かう。


 久しぶりの王都を楽しむ時間はないだろう。すぐに”最前線”へ戻る。そして、元帥にとっての日常が始まる。耐え続ける日々が。



 ◇◇◇



 魔術師団長ラーラは、勇者と聖女の捜索任務のため、船に乗って川を遡上していた。


 ラーラは、移動速度に特化した国王軍の中型船に乗っていた。帆が風を受けてバタバタと音を立てている。船員が総出でオールを漕ぎ、全速力で川を遡上している。


 川幅が千歩ほどあるこの中央大河は、王国の物流の動脈だった。商人の都市の近くから大河は始まり、太湖を経由し王都へ、そしてその先の”最前線”までつながっている。


 報告によると、勇者と聖女を自称する存在は、お菓子の村にいたらしい。お菓子の村の近くには商人の都市がある。ラーラは、勇者と聖女を自称する存在が、商人の都市か、あるいは川を下って太湖の都市あたりに滞在しているのではないかと考えていた。


 船が、水面を気持ちよく切り開きながら走っていく。太湖の都市のトーマン将軍の尽力で、中央大河の制水権はなんとか人類が保持していた。


「……何が、勇者と聖女だ」


 呟きながら、甲板に立つラーラは勇者と聖女の姿かたちを想像する。日銭に困って嘘を吹聴した詐欺師か、それとも魔王勢力の侵攻に心が折れ狂ってしまった愚か者だろうか。


 ラーラは、欺瞞を許さない。その原体験は、10年前の魔王との決戦で生まれた。


 当時7歳だったラーラは、決戦により父を失った。当時の魔術師団長だった父は、決戦に強く反対していた。しかし、国王と元帥が反対を押し切り決戦を決行した。


 そして、敗北した。総動員された魔術師団も、大きな損害を被った。決戦前には100人いた魔術師が、今は11人しか残っていない。この国の最重要資源である魔術師も、壊滅的に浪費されたのだ。


 事態を収拾するために国王は、『魔王を討伐寸前まで追い込んだ』と偽りの発表を行い、多くの資源を失った人類に欺瞞の希望を抱かせた。国王は、全人類を騙しているペテン師だとラーラは思っていた。


 ただ一方で、ラーラは国王の考えも理解できた。50年前の魔王の出現から、人類は国力を削られ続けており、10年前のあのタイミングが、大規模な反抗ができる最後の機会だったろう。また、正直に敗北を発表したところで、人々が希望を失い王国が崩壊していくことは容易に想像できた。考えとしてはわかるのだ。


 ラーラの怒りは、魔王勢力に人類が追い詰められていることや、人類が偽りの希望にすがらざるを得ないことに向けられていた。


 そんな中で、勇者や聖女を自称する存在の報告があった。その勇者や聖女を神聖視し、嘘のような功績を吹聴して旅をしている怪しい聖職者の報告も来ている。


 負け続け、騙され続けている人類を、また別の欺瞞で塗り潰そうとしているのか。許せることではない。ラーラは、強く手を握りしめていた。


「ラーラ殿、伝令が来たようです」


 小型の伝令船が、ラーラの乗る船の近くまでやってきていた。


「商人の都市のタチアナ商会長より報告です! 昨日、”特別認識個体(ネームド)”の可能性もある高位の魔物の部位を、露店で入手。現在販売者を捜索中とのことです」


「――ありがとう。では船の行先は、商人の都市でお願いします」


 ラーラが、船の船長へ言った。欺瞞を撒いている存在は、商人の都市にいるようだ。ラーラは、早く彼らに会いたいと思った。人々の前で彼らを糾弾し、問い詰め、皆の目を覚ますのだ。


「承知しました! いやあラーラ殿、楽しみですね。あの噂の勇者と聖女が見つかりそうじゃないですか」


「……え?」


 ラーラは首を傾げた。ラーラは勇者と聖女が偽りの存在だと決めつけていた。本当に勇者と聖女である可能性など、考えたことがなかった。


「船乗りの間でもポツポツ噂になってますよ。なんでも、”特別認識個体(ネームド)”を何体も討伐し人々を救う旅をしている、崇高な精神を持ったお方とか。そんな人が本当にいるのなら、魔王討伐の日も近いですね!」


 船長が、嬉しそうに言う。ラーラは考える。これは、欺瞞による偽りの希望だろうか。いや、それとも――。


 ラーラは少し思った。もし、万が一、勇者と聖女が本物だった時、自分はどんな反応をするのだろうか。そして、世界はどう変わっていくのだろうか。魔王に殺された父の、仇は取れるだろうか。


「……いや、そんなことありえないわね」


 ラーラは呟き、中央大河へ目を向けた。


 船は、順調に大河を遡り続けている。遠目に、広大な太湖と、湖沿いに広がる太湖の都市が見えた。

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