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36.商人の都市の算段(前編-2)

 商人の都市の市場。全財産の1イン(1円)でお菓子が買えなかったことに憤慨したレンとハナは、商売をしてお金を稼ぐことにした。


「安いよ! 安いよ!」


 レンがパンパンと手を叩きながら客引きをしている。大通りのど真ん中にボロ布が敷かれ、ハナがその後ろで店員として客を待っていた。


 ハナの前に敷かれているボロ布には、様々な商品が置かれていた。レンとハナのカバンに入っていた、ガラクタのような宝物たちである。レンとハナは、手持ちの物を売ってお金を稼ごうとしていた。


 虫の抜け殻、綺麗な石、寮長のおばちゃんにもらった手紙、ジャイボスがくれた読み書きの本、”特別認識個体(ネームド)赤き竜(レッドドラゴン)の角の欠片、黒き魔術師(ラフロイナ)の片手――。様々な物が並べられていた。


 カリアの長剣や防具、レンの剣、ハナの杖までも商品として並べられている。なんなら、横に正座しているカリアすら売り物だ。レンとハナは、お金を稼ぐために、全てを売り尽くそうとしていた。


「安いですわ! 安いですわ!」


 ハナも声を張り上げ人を呼ぶ。道行く人々がこの怪しい露店を避けて歩く中、ひとりの子供が近づいてきた。


「これ、いくら?」


 鼻を垂らした子供がハナの杖を手に持って聞く。ハナの杖は、レンが誕生日にくれたレンお手製の杖だった。お気に入りの杖が持っていかれるのは嫌だったので、ハナは彼女にとって法外な値段を提示した。


「う~ん……1,000イン(日本円で1,000円)ですわ!」


 子供がポケットをあさる。


「100インしかないや。100インでいい?」


「う~ん……仕方ない、100インでいいですわ!」


 こうして、杖は100インで売られようとしていた。その時――


「おい、なんだこの露店は。ここで商売をする許可証は持っているのか?」


 巡回していた、タチアナ商会の自警団が声をかけてきた。商会の自警団は、輸送する貨物を盗賊などから守るために生まれた。しかし今は、商人の都市の魔物防衛や治安維持まで、多岐に渡って活動している。


 もちろん、ハナは営業許可証など持っていない。


「ないですわ!」


 ハナが元気よく答えた。


「許可証がないなら、店を仕舞え。この都市での商売は許可が必要だ」


 自警団の男は冷たく言い放ち、肩を竦めた。


「はぁ……お前ら流民か? 最近こういうのが増えてきたな。ほら、早く撤去しろ」


 自警団の男が、ハナの露店の品物を蹴飛ばした。並べた商品が蹴飛ばされ、ハナが涙目になる。カリアが、ピクリと反応した。


「……ん? こいつ敵か」


 そう判断したカリアの動きは早かった。自警団の男の顔を殴り飛ばし、馬乗りになりさらに何度も殴打する。剣が手元にあったら首を飛ばしていただろう。自警団の男の顎は砕け、溢れた血が口からこぼれていた。


「ハナ殿、私の長剣をくれないか。首を刈って、周りにも見せつけた方がよかろう」


 庭の木を刈る話をするかのように、カリアが言う。


「カ、カリア! 人を殺しちゃダメですわ! 治癒(パーフェクトヒール)!」


 ハナが放つ光に触れ、自警団の男の傷が治っていく。男は、信じられないような顔をしながら自分の顔を何度も触っていた。


「あ、あれ……。 俺は殴られていたんじゃ……? 気のせいだったのか……?」


 この騒動で、市場の会話は止まり、皆がレンたちを注目していた。レンがあたふたと焦り、カリアが男をさらに殴打しようとしたとき、大声が響いた。


「タチアナ会長の検分である! 皆、道を空けろ!」


 商会の会長であるタチアナが、自警団に警備された馬車に乗りながら市場にやってきた。市場の軒先に並んでいる品物は、取引の帳面よりも早く物流の実態を反映している。タチアナは、物流の把握のために市場を視察することをよく行っていた。


 大通りのど真ん中に展開されている謎の露店を見て、タチアナは軽く舌打ちした。


「……おい、なんだあの店は。早く撤去させろ」


 タチアナが、眼鏡の奥の鋭利な目を光らせながら、そばにいた自警団の男に言った。商人の都市は、店を出して良い区画が厳密に決まっている。流民か何かが、規則をよく理解せずに店を出したのだろう、とタチアナは思った。


 あるべき物を、あるべき時に、あるべき所に。それがタチアナの信条である。商人の都市は、商いが活発化されるように設計されている。通りや店の配置も、人々の動線を計算したうえで作られている。レンとハナの露店は、都市全体の商いにとって邪魔なだけだった。


 王国全土の物流を担っている、商人の都市の商いが停滞することは、人類の滅亡が早まることを意味する。こういう連中が、自分の算段を狂わせるのだ、とタチアナは思った。


「な、なんですの……。私はお金を稼ぎたいだけなのに……」


 ハナが目に涙を浮かべながら言う。商品として並べた宝物を蹴飛ばされ、いろんな大人から文句を言われ、ハナは困っていた。


 そんなハナを馬車から見下ろしながら、タチアナは言う。


「見たところ、魔物に集落を潰された流民か。その歳で商売をするのは殊勝だが、何事にも決まりがある。店を撤去してもらおう」


 タチアナの言葉を聞いたカリアが、こいつも敵だと判断し、刺すような殺気を放ちながら長剣を拾ってタチアナへ近づこうとする。


「しかし――」


 言いながらタチアナは、ハナが商品として並べていた”特別認識個体(ネームド)赤き竜(レッドドラゴン)の角の欠片を指差した。


「この鉱物は、綺麗だな。10,000インで買おう。店の撤去料ではないぞ。正当な取引の対価だ」


 タチアナは、自警団に10,000インを渡し、赤き竜(レッドドラゴン)の角の欠片を買わせた。


 ハナを見て、タチアナは思った。こんな、ボロボロの服を着て怪我もしている、流民と思われる少女が、露店を出して日銭を稼ごうとしている。おそらくこの鉱物は価値のないものだが、10,000インくらい援助するのは商会長としての務めだろう。


「や、やりましたわ! 大金を手に入れましたわ! こんな店はやく片付けて、ご飯にしましょう!」


 レンとハナとカリアは、素早く露店を片付けて、屋台が立ち並ぶ一画へ駆け出していった。


「一件落着だな。よし、馬車を進めろ」


 タチアナは、市場の視察を続けた。


 店頭に並ぶ商品の量と質の低下が進んでいる。想定よりも物資の流れが悪くなっており、物流計画の修正が必要だろう。またひとつ、算段が成り立たなくなっていく。


「商会長、ご報告です。西の第8商隊が魔物に襲われ全滅したとの報告が……!」


 自警団の報告を聞き、タチアナは軽く頭をおさえた。魔物によって物資が損耗することは折り込んで計画を立てているが、直近は想定をはるかに超える被害が生じていた。全滅した商隊は大規模なもので、多くの自警団員も失われただろう。


「もってあと10年――いや、5年か」


 タチアナは呟いた。直近の状況を踏まえると、人類の存続期間はさらに短くなるだろう。魔王を討伐する算段どころか、人類が生き延びる算段すら立てられていない。


 屋敷に戻ったら、諸々の計算をやり直さなくてはならない。かなりの下方修正が生じるだろう。


 もう何年も男を抱いていないな、とタチアナは思い返した。どう算段を立てるか必死で、色恋沙汰を考える暇もなかった。


 気が滅入るのを誤魔化すかのように、タチアナはそばにあった鉱物を手に取った。ハナの露店で、援助金代わりに購入したものだ。


 タチアナの動きが、ピタリと止まった。鋭利な目を見開いて、鉱物を見つめている。


「これは、鉱物ではなく魔物の部位――? しかもかなり高位の……」


 数々の取引で鍛えられたタチアナの審美眼が、この品物は尋常なものではないと伝えていた。タチアナの掌の上で、”特別認識個体(ネームド)赤き竜(レッドドラゴン)の角の欠片が不気味に光っている。


「――”特別認識個体(ネームド)”を討伐する、少年と少女。いや、まさか……?」


 タチアナは、先日王都から届いた手紙を思い返しながら呟いた。


 馬車で屋敷に戻るまでの間、タチアナは赤き竜(レッドドラゴン)の角の欠片を見つめ続けていた。

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