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35.商人の都市の算段(前編-1)

連載再開します。1日1話更新します。

 レンとハナとカリアと馬車のおっちゃんは、商人の都市にたどり着いた。

 門番の荷物の検分を終え、商人の都市に入った。


「す、すごい……! 今日はお祭りなのかな?」


「人がうじゃうじゃいますわ……!」


 商人の都市の活気は、レンとハナの想像を超えていた。見たこともない規模の人込み、通りを往来する何台もの馬車、たくさんの商品が並んだ店舗群。


 レンとハナは、辺境の村で過ごしてきた。村とは、集落の最小単位である。人口が増えると町、さらに大きなものは都市と呼ばれるようになる。二人が都市に来るのは初めてだった。


「ははは、驚いてくれたようで良かったよ。じゃあ、僕は市場に荷物を卸しに行くから、ここでお別れだね。ハナちゃん、お大事にね」


「ありがとうございましたわー!」


 ハナがブンブンと手を振りお別れの挨拶をする。馬車のおっちゃんは手を振り返しながら、あれこの子脇腹を怪我してたんじゃなかったっけと少し思った。


 馬車のおじちゃんと別れた三人は、さっそく美味しい食べ物を探そうとした。


「ハナ、あそこに見たことない氷のお菓子の店があるよ!」


「お兄さん、これで氷のお菓子をくださいですわ!」


 ハナが満面の笑みで、全財産の1イン(日本円で1円)を屋台のお兄さんに差し出した。


「おいおい、冗談はよしてくれ、こんな小銭じゃ何も買えないよ」


 屋台のお兄さんが、不機嫌そうに言った。


 その後もハナは諦めず、1インで何か買えないかと屋台を回ったが、何も買えなかった。


「そんな……あんまりですわ……」


「ハナ殿、私が聞くに、その……お金?というものが足りないというようなことを皆が言っていたと思う。それは本当にお菓子が買えるものなのか?」


 カリアが、遠慮がちにハナへ言う。


「本当ですわ! 寮長のおばちゃんにお金を渡したら、お菓子と交換してくれましたもの」


 それは、寮長のおばちゃんがレンとハナの情操教育の一環として、お金を何かと交換するごっこ遊びをしていただけであった。


「……ここには、お菓子をくれない悪い人しかいないみたいだね」


 レンが、珍しくやや強い口調で言う。辺境の村で、寮長のおばちゃんやジャイボスといった理解者に囲まれヌクヌク育った二人には、この都市の人間は悪意を持っているように見えた。


「こうなったら、目には目を、お金にはお金ですわ!」


 ハナが大声を出す。


「レン、カリア! ここで商売をしてお金を稼いで、お菓子を買い尽くしましょう!」


 ハナの宣言が、市場に響く。市場の人の、なんだこいつらという目が三人に向けられていた。



 ◇◇◇



 商人の都市の中心にある、大きな屋敷。そこの執務室で、ひとりの女が椅子に座り、机に山積みされた帳面と向き合っていた。帳面を素早くめくりながら、ペンを走らせている。


 女の名は、タチアナと言う。この都市を実質的に統治している、タチアナ商会の会長だった。歳は30半ばだろうか。眼鏡の奥の目は知性と鋭利さを感じさせる。


 タチアナ商会は、この王国で最古かつ最大かつ唯一の商会である。昔は様々な商会が存在したが、魔王勢力の侵攻によりほとんど潰れていった。


 昔は、様々な商会が物流を担っていた。それが、魔王勢力の侵攻と、それに関連する人類の内戦で機能しなくなり、物流がままならなくなり多くの餓死者を出した。それに立ち向かったのがタチアナ商会だった。ありったけの資金と備蓄を放出し、集落への食糧供給と、魔王勢力と戦う軍の兵站を支えた。


 その動きが国王に認められ、タチアナ商会は王国に依頼され国全体の物流と兵站を担うようになった。商会の分を遥かに超えた責務だったが、魔王勢力に王国のあらゆる行政能力がズタズタにされる中、その役目を担えるのはタチアナ商会しかなかった。


 こうしてタチアナ商会は、ほとんど王国の行政機能の一部となり全土の物流と兵站を担っている。いまや商会の機能と権限は、王宮の大臣を遥かに超えていた。馬鹿げた采配だとも思うが、必要と思えばそれを断行するのがあの国王だ。


『人類の可能性の追求』。タチアナ商会の理念だ。はるか昔に、商会の創設者が提唱したと言われている。


「可能性の追求、か」


 帳面の様々な数値を書き写し集計しながら、タチアナは呟いた。もし魔王勢力がいなければ、商会として様々な取り組みができるだろう。王国をもっと豊かにして、それこそ人々の様々な可能性を開花させることができるはずだ。しかし今は、可能性を閉ざさないために、人類を生き延びさせるために粘ることしかできない。


 タチアナには、常人にはない演算能力がある。人や物資を、あるべき時にあるべき所に行き渡るように差配し、人類の生産能力や防衛能力を最大化させられる力がある。人や物資が血液だとすれば、タチアナと商会は正に心臓だった。


 そんなタチアナの、ペンを持つ手が止まる。……算段が合わない。いや、合わせることができない。


 魔王勢力の侵攻により、人類の人口は激減して、生産力も大きく落ちていた。結果、魔王勢力防衛のための戦力が足りず、人的、物的損失が増えていく悪循環が続いている。生産は減りながらも、必要補充量は増えていく。そんな算段の帳尻を合わせることを、タチアナは10年間続けていた。


 まるで、絶対に解けない計算問題に挑んでいるようだ、とタチアナは思った。


 10年前、人類は総力を挙げて魔王を討伐しようとした。そして失敗した。決戦を挑んだことを否定する気はない。あのまま耐え続けていても、人類滅亡の時計の針は進み続けていただろう。時計を止めようとした国王の決断は理解できる。


 しかし結果、致命的なほどの人命と物資が失われ、滅亡の針は一気に進んだ。


「ああ、合わない。合わない。計算が合わない……算段ができない……」


 タチアナは、ブツブツ呟き頭を強く掻きながら計算を続ける。必要な場所に、必要な人員と物資を送る。そんな簡単なことができない。致命的に、全てが足りないのだ。


 算段に行き詰ったタチアナはふと顔を上げ、先ほど王都から届いた手紙をちらりと見た。夢物語のような手紙だった。『勇者と聖女と呼ばれる子供が、”特別認識個体(ネームド)”を討伐しているとの報告あり。それらしき人物を見つけたら、速やかに王都へ連絡すべし』と――。


 タチアナは、手紙の内容を思い起こし、鼻で笑った。”特別認識個体(ネームド)”を討伐する子供。こんな存在がいたら、自分の算段はどれだけ楽になるだろうか。そして、こんな夢物語のような報告にすがる、王国の窮地をこの手紙は表していた。


 タチアナは、今夜も人類の算段を続ける。それが例え、時計の針を少しだけ遅らせるだけの行為だったとしても、それが自身の、そして商会の使命だから。

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