34.狂信者ヘオイヤの旅路(後編)
魔王討伐の依頼書を読んだヘオイヤの両眼から、ドッと涙が流れ出た。
「お、おいあんた、大丈夫か?」
様子がおかしくなったヘオイヤに、ギルド長が声をかける。
「は、はい……大丈夫です。少し……胸を打たれてしまって」
やはり勇者と聖女は、ヘオイヤの想像を超えた超常の存在だった。その振る舞いを想像することすら不遜である、とヘオイヤは思った。
勇者と聖女は、自身の意思を表し、人類に希望を与えるためにこの依頼を独占したに違いない。魔王討伐の依頼を独占するなど、頭のネジが抜けた大馬鹿者ですらやらない行為だった。それを、人類のためにあえてやる。ヘオイヤは、二人への信仰をさらに強めた。
レンとハナが行先が判明した。そうと決まれば、早く追いつかなくては。
「ギルドの方、ありがとうございました。私は、レン様とハナ様に会うため、すぐに出発します」
「おお、あんたらレンとハナに会いにいくのか。じゃあ、これを渡してくれねぇか?」
ギルド長が、金貨の入った小袋を渡してきた。
「あいつらが達成した、馬の魔物の討伐依頼の報酬20万イン(日本円で20万円)だ。受け取りもせずに町を出ていっちまってた。あいつらにとってははした金かも知れねぇが、受け取ってもらわねぇと気持ち悪くてな。教会の人間なら、ネコババしないだろ?」
「はい、必ずや、お二人にお届けします」
こうして、ヘオイヤは冒険者の町を出発した。行先はもちろん、魔王がいると言われている”最前線”である。レンとハナも、きっとそこへ向かっているはずだ。ヘオイヤにとって、もはや王都への出頭は些事になっていた。
レンとハナは、ヘオイヤの想像を超えた英雄だ。二人が起こす奇跡を、二人がもたらす希望を、世に広める必要がある。それが自分の使命だと、ヘオイヤは思った。
使命感に燃えるヘオイヤの顔は、もはや柔和な聖職者というより、狂信者のそれに近かった。
◇◇◇
商人の都市の入り口付近。門番による荷物の検分待ちの馬車列に、おっちゃんの馬車も並んでいた。
「はあ、はあ……。いい、鍛錬だった……」
馬車には、大量の荷物と共にカリアが寝転んでいる。馬車に飽きてきたレンとハナは、大量の荷物を背負わされ潰れそうになっていたカリアに馬車を譲ってあげた。二人は、街道脇の草むらで、虫を探して遊んでいる。
「疲れただろうから、ゆっくり休んでていいよ。そういえば、お姉ちゃんたちはどこへ旅してるんだい?」
馬車のおっちゃんは、この不思議な三人に少し興味が出てきていた。いくら王国の領土内とはいえ、魔物が増えてきている昨今、子供や若者だけで旅をすることは滅多にない。
「ああ、“最前線”へ行く予定だ」
「さ、”最前線”!? すごいところへ向かってるんだね……」
カリアは、起き上がって馬車のおじちゃんに聞く。
「そういえば、”最前線”とはどういう場所なんだ? 魔王がいるということは知っているが」
「ええ、よく知らないのに行こうとしてるの……? ホント不思議だなぁ」
馬車のおじちゃんは、コホンと咳払いをして、”最前線”について話し始めた。
「”最前線”は、人類が初めて魔王勢力に攻勢を仕掛けた場所だよ。ほら、10年前に国王軍が、国を挙げて遠征軍を出したのは知ってるよね?」
「知らん」
「そ、そう、知らないのね……。とにかく、その遠征軍が”特別認識個体”を2体討伐して、魔王も負傷させたんだよね。その場所が”最前線”。で、今も国王軍の主力が”最前線”にいて、魔王を倒そうと激戦を繰り広げてるってわけ」
カリアは、少し首をかしげた。馬車のおじちゃんが、話を続ける。
「つまり、人類にとっての希望の戦線だね。みんな、”最前線”の軍勢が魔王を早く倒してくれないかって思ってるよ。ちなみに、当時の遠征軍の将軍が、今の国王軍元帥で、ずっと最前線で戦い続けてる。人類の英雄って呼ばれてるね」
「……10年間、激戦を続けているのか」
「そうそう、その戦線を支えているのが、王国随一の物流拠点であるこの商人の都市と、それを支える僕ら商人というわけ。僕も、魔王討伐に貢献したくて商会に所属して行商人をやってるんだよ」
「うむ、にわかに信じがたいが、農民の力があればそれも可能か」
山から降り人間社会と接したことで、カリアは徐々に今の人間のありようがわかってきていた。今の人間は、戦闘力も精神も相当脆弱である。そんな連中が魔王と10年も激戦を続けられるのかとも思ったが、レンやハナのような農民がたくさんいれば可能だろう、とカリアは勝手に納得した。
レンとハナは、戦闘において一切の怯懦を見せない。なんなら、日常生活の一部のように魔物を殺戮し尽くす。カリアは、これこそ戦士のあるべき姿だと、二人を尊敬していた。特にレンは、自身の命を投げ出すような戦い方を常にしている。
「……ん? お姉ちゃん、何て言ったの? 農民の力?」
馬車のおっちゃんの疑問を無視し、カリアは荷物の上に寝転んだ。重い荷物を運んだせいで、体中が疲れ切っている。カリアは、しばらく目を瞑り、体を休めようと思った。
――レンは、自分の命が惜しくないのだろうか。
ほんのわずか、カリアは疑問に思った。もちろんカリアも、戦士らしく死ねるのであればいつでも命を投げ出せる。しかし、レンのそれは、カリアの覚悟とはちょっと違うような気がした。
まあ、農民だからか、とカリアは勝手に納得した。
馬車は、商人の都市の入り口のすぐそばまで進んでいる。虫捕りに励む、レンとハナの嬌声が聞こえてきた。