33.狂信者ヘオイヤの旅路(前編)
ヘオイヤと馬車が、山間の街道を進んでいる。辺境の村で孤児寮長のおばちゃんと噛み合わない話をしたヘオイヤは、村を後にして、次の目的地へ向かっていた。
ヘオイヤは、レンとハナの神性と高潔さを国王に報告するために、王都へ向かう旅をしている。さらにヘオイヤは、レンとハナが託していった神託を、二人に返すために、王都までの道中で二人を見つけたいと思っていた。
ちなみに、神託を託されたというのはヘオイヤの妄想である。そもそも、ヘオイヤが大事に持っている紙片が神託と言えるのかも極めて怪しい。あらゆる認識を全方位で狂わせながら、しかしレンとハナへの信仰心は高まらせ続けながら、ヘオイヤは旅をしていた。
「うん、地図通りですね。この町に来るのも久しぶりだなぁ」
ヘオイヤが、冒険者の町に到着して言った。辺境の町から王国の中心部に出るためには、この町を通過する必要がある。きっと、レンとハナもこの町を訪れていただろうと考えた。何か二人の情報を得られるかもしれない。
「そういえば、この町には冒険者ギルドが残っていましたね。あそこなら、何か知っている人がいるかもしれません」
かつて国王軍兵士だったヘオイヤは、冒険者ギルドの仕組みも理解していた。今は廃れかけているが、全国から依頼が集まり、冒険者同士のネットワークもあった冒険者ギルドは、情報収集の場所としても活用されていた。
あちこちで大規模な工事が行われている市場を抜けて、ヘオイヤは冒険者ギルドに着いた。入り口の横では、ギルドで飼われているであろう犬が寝そべってひなたぼっこをしていた。犬をひと撫でし、ヘオイヤは建物に入った。
「西の地区で魔物の報告が増えているから、巡回の頻度を増やして――」
「工事の依頼が3件入ったぞ、誰か手が空いているやつはいるか?」
ギルドは、冒険者と依頼を出しに来た町民でにぎわっていた。皆が忙しそうにしている。冒険者という職業は廃れたと聞いていたが、この町ではその活気が失われていないようだ。
「ん、教会の人間がここに来るのは珍しいな。どうした、何か用か?」
このギルドの長らしき、年かさの男がヘオイヤに声をかけてきた。
「はい、人を探していまして。勇者様と聖女様について、何かご存じですか?」
「勇者と聖女……? ――あっ! カリアとハナとレンのことか!」
やはり、とヘオイヤは思った。勇者と聖女と聞いて、レンとハナの名前が出てくるのだ。間違いなく二人は人類を救済する旅をしていて、この町でも二人の英雄的活躍があったことは間違いなかった。
「やはり、レン様とハナ様はこの町を訪れていたのですね。」
「ああ、この町と、俺たちは、あいつらに救われたんだ。なんというか……おとぎ話の英雄のような連中だったぜ」
しみじみと言うギルド長を見ながら、ヘオイヤはうんうんと強くうなずいた。ヘオイヤが望み信仰する、勇者と聖女の行いを、二人はしているようだ。
「レン様とハナ様を探しています。お二人が、どちらへ向かったかご存じですか?」
「ああ、細かい道のりは知らんが、目的地はわかるぜ。あれだよ」
ギルド長がニヤリと笑い、ギルドの中央に1枚だけ掲示されている古ぼけた依頼書を指差した。その依頼書1枚を貼り付けるためだけの看板が、わざわざ設置されている
「あれは依頼書……ずいぶん古いものですね。依頼の独占もされているみたいですが」
「まあ、とりあえず内容を見てみろよ」
ヘオイヤは、近づいて依頼書を読んだ。そして、呼吸が止まった。
――大昔に出された、”特別認識個体” 『魔王』 討伐の依頼だった。独占を意味する判子が押されており、独占者は”レソ”とサインされていた。
ヘオイヤの両眼から、ドッと涙が流れ出た。やはり二人は、間違いなく勇者と聖女である。ヘオイヤの信仰が、妄信にまで高まろうとしていた。