32.魔術師団長ラーラの決意
商人の都市へ向かう街道。レンとハナとカリアは馬車のおっちゃんと共にゆっくり進んでいた。
「すごいなぁ。座ってるだけで移動できるなんて、魔法みたいだ!」
「ウマちゃんもかわいいですわ!」
レンとハナは馬車に乗っている。二人は初めて馬車に乗れてはしゃいでいた。その横では、信じられないくらい大量の荷物を背負ったカリアが、汗を流し息を切らせながら歩いていた。
「お、お姉ちゃん、本当に大丈夫かい? 人間が持てる荷物の量には見えないけど……」
馬車のおっちゃんがカリアの心配をした。カリアが一歩踏み出すたびに、重量で足が地面にめり込んでいる。
「だ、大丈夫だ……。私は、平気だ……」
当初、馬車には大量の荷物が積まれていて、ハナひとりが乗れるスペースしかなかった。馬車に乗りたいレンが指を咥えながら涙目になるのを見て、カリアは自分が馬車の荷物の一部を背負って運ぶことを提案したのだ。そして、窮屈な思いをしたくなかったレンとハナは、荷物を手あたり次第カリアに背負わせた。
二人は、荷物がなくなり広々とした馬車でくつろいでいる。ガタゴトと馬車が進む音が聞こえる。ミシッ、メキ、とカリアの背骨がきしむ音も聞こえてくる。
「……なんか、変な子たちだなぁ」
街道の果てに、商人の都市が見えた。無数の街道が都市へと通じ、出入りする馬車が長い列を作っていた。
◇◇◇
王都の宮殿。歴史を感じさせる豪奢な建物。
その会議室に、国王をはじめとする国家の首脳陣が集まっていた。首脳陣たちは、人類を少しでも長く存続させようと常に奔走しており、みな疲れ切った顔をしていた。緊急で開かれた会議には、すでにざわついた雰囲気が流れている。宰相が話を切り出す。
「皆にも報告があったと思いますが……巨大熊に続いて、2体目の”特別認識個体”討伐報告が入りました。冒険者の町の冒険者ギルドからの報告です。”特別認識個体”のものと思われる部位も同封されていました。――そして今回も、勇者と聖女の存在が示唆されています」
会議の参加者は、驚くというよりも困惑していた。宰相に続き、国王が口を開く。
「ご存じの通り、我々はここ10年で3体の”特別認識個体”を討伐した。……いや、3体しか討伐できなかった。それが、立て続けに二体の討伐報告が入った。そして、報告に共通する、勇者や聖女の存在――」
国王は、会議の参加者を見渡した。
「この報告を、我々はどう認識すべきか? どう対応すべきか? 何か意見のある者はいるか?」
会議室が、静まり返った。想像を超えた事態に、皆の理解が追いついていなかった。
「――認識も何も、対応はシンプルかと」
首脳会議の場にいかにも不釣り合いな、少女とも呼べるような女性が発言した。黒い長髪と褐色の肌に、複雑な刺繍が入った黒いローブを着ている。
「魔術師団長ラーラ、何か考えが?」
魔術師団。人類唯一の魔術師組織。その師団長には、最も魔術に長けた者が就任する。ラーラは、17歳という史上最年少で魔術師団長に就任し、魔術の天才と呼ばれていた。そして、年齢に見合わない冷徹な思考力も高く評価されている。
「事実はどちらかです。少年と少女が、本当に勇者のような英雄か。――それとも、単なるペテン師か」
ラーラの言葉に、国王の表情が微かに歪んだ。
「ヘオイヤ司祭が王都へ出頭するようですが、まだ時間がかかるでしょう。少年と少女に実際に会って確かめるのが、最も確実かと」
「なるほど、誰が会いに行って確かめる?」
「私自身が、行きます。仮にこの報告が、黒き魔術師あたりが仕掛けた罠だったとしても、私なら逃げ切れるでしょうから」
「……なるほど。護衛はいるか?」
「いりません、足手まといです」
「わかった。魔術師団長ラーラ、君にこの”特別認識個体”討伐報告の調査を命じる」
ラーラは膝をつき、国王へ向かって頭を下げた。
「承知しました。準備を整え、2,3日中に出発します」
突如、ガタンと大きな音がし、慌てた様子の兵士が会議室に飛び込んできた。兵士は、ひどく動揺している。兵士が大声を出す。
「急報! 太湖の都市のトーマン将軍より、魔報を受信!」
「――魔報!? 黒き魔術師が、太湖の都市を陥落させたのか?」
ラーラの顔色が変わる。魔術師と魔力は、人類にとって相当希少な戦略資源である。それをふんだんに消費して、遠く離れた都市と瞬時の連絡を可能にする魔報は、それこそ魔王出現や大都市の陥落といった、本当の緊急事態にしか用いられないものだった。
兵士が、強張った表情で報告を続ける。
「それが……地方の村を襲っていた黒き魔術師を、何者かが重症を負わせ撃退した、とのことです。黒き魔術師のものと思われる、切断された腕を、トーマン将軍自身も確認しました」
人類の宿敵、魔王に次ぐ”特別認識個体”の、撃退報告。皆が、息を飲んだ。まさか、まさか――。
「ら、黒き魔術師を撃退したのは、勇者および聖女と思われる存在――!」
会議室の皆が、声を上げた。それは、歓声に近かった。何かが、起きようとしている。人類の滅亡を先延ばしにするだけの日々が、変わろうとしている。皆がそう感じ、勇者と聖女の存在を信じつつあった。
「……魔術師団長ラーラ、すまないが、今すぐ出発できるか?」
歓声の中、国王がラーラに問いかけた。
「はい、即刻出立し、正体を見極めてきます」
ラーラは、すぐに会議室を後にした。
(――私は、この目で見るまで、信じない)
王宮の廊下を足早に歩きながら、ラーラは思った。
(もし、勇者と聖女が、人々に偽りの希望を振りまくだけの存在だったなら――)
会議室からは、まだ歓声が聞こえてくる。誰もが、希望を求めているのだ。
(――私が、自らの手で始末する)
ラーラは、ローブの下で杖を握りしめた。
きょうから旅行で2日くらい投稿おやすみするかもです