31.魔術師ラフロイナの戯れ(後編-2)
廃墟となったお菓子の村。スヤスヤ眠っているレンとハナ。横で体育座りをしているカリア。
ガラガラと、何かが街道を通る音がした。ハナが、パチリと目を覚ます。
「お菓子の馬車ですわ!」
ハナは声をあげると、怪我も忘れ街道に走り出していった。つられてレンも目を覚まし、ハナの後を追う。カリアは出遅れた。
すぐ近くに、街道を進む一台の馬車があった。
「あ、お菓子の馬車だ!」
「お菓子ちょうだいですわ~!」
レンとハナがすごい勢いで馬車に駆け寄っていく。
もちろん、馬車はお菓子とは無関係な普通の商会の馬車だ。ただ、馬車が辺境の村に訪れると市が開かれ、そこで寮長のおばちゃんが毎回お菓子を買ってくれるから、二人は『馬車=お菓子をくれるもの』と認識していた。
「あ、あれ? 君たち、飴をあげた子供?」
馬車のおじちゃんは、辺境の町への道で、レンとハナに遭遇したおじちゃんだった。
「わかりますわ、お金ですわね?」
ハナが得意顔で言い、カバンをひっくり返し、服も脱いでガサガサお金を探しだした。1イン(日本円で1円)出てきた。
「おじちゃん、これでお菓子をくださいまし!」
半裸のハナが満面の笑みでお金を差し出す。
「いや、そんな小銭いらないというか……あれ、お嬢ちゃん、怪我をしてるの?」
ハナの脇腹には、大きな黒い痣があり、胸を治療具で固定されていた。
「そ、そういえばなんか痛いですわ」
痛みを思い出したハナが、たちまち涙目になる。
「あんまり動かない方が良さそうだね……。そうだ、近くにある商人の都市まで、馬車に乗って行くかい? 冒険者の町で物資がたくさん売れたんで、ひとりくらいなら乗れる余裕があるから」
「ば、馬車! 乗ってみたいですわ!」
すぐに痛みを忘れ、ハナが目を輝かせる。ハナは馬車に乗ったことがなかった。カリアが、馬車のおじちゃんに深く頭を下げる。
「心遣い、感謝する。今はハナ殿に無理をさせたくない」
「ああ、もともと商人の都市へ行く予定だったから、気にすることはないよ。ほら子供たち、これをお食べ」
おじちゃんは、自分のおやつ用に買っていた焼き菓子をくれた。
ハナは馬車に乗り、レンとカリアは馬車の横を歩きながら、焼き菓子をムシャムシャ食べた。焼き菓子はサクサクしてて美味しかった。
馬車が進む街道は、商人の都市へ向かっている。
◇◇◇
お菓子の村から遠く離れた森の中。
黒き魔術師は、大木に背もたれながら、自身に治癒魔法をかけていた。レンとの戦いで、腹を抉られ、腕を飛ばされ、右目を斬られていた。
幸い、腹の傷は臓器を外れていた。腕の止血は終わった。右目は、失明するだろう。
軽い戯れのつもりが、大きな代償を負った。しかし、人類の最後の切り札とも言える存在の情報も得られた。差し引きで言うと、やや魔王勢力に有利な戦果だったろう。
森にひとりでいると、昔を思い出す。黒き魔術師は、戦闘の疲れもあり、昔のことをぼんやりと思い出していた。
ラフロイナは、人間として育てられた。両親も、人間だった。片田舎の村で、貧しいながらも幸せに生活していた。周りの子供と少し肌の色が違ったが、特に気にする人はいなかった。
歯車が狂い始めたのは、ラフロイナが10歳になった頃からだった。周りの子供が成長していく中で、ラフロイナの見た目はひどく幼いままだった。
その頃、ラフロイナの魔術の才能が目覚めた。成長が遅く陰口を言われている中で、魔術まで使えることが知られるとさらに気味悪がられると幼いラフロイナは思い、魔術が使えることは隠した。
ラフロイナが25歳になったとき、作物を枯らす病が流行り、村を飢餓が襲った。ラフロイナはゆっくり成長してはいたが、まだ10歳そこらの見た目だった。ラフロイナは村の人間から不気味に思われていて、村の端にひとりで暮らしていた。その状況で、飢餓が起こった。
呪われた人間。お前が飢餓を持ってきた。村の人間は、飢餓の原因がラフロイナだと決めつけた。ラフロイナは村を追い出され、人里離れた森の中でひとりで暮らし始めた。
追放されたラフロイナは、やることもなく魔術の研究を始めた。魔術書は、たまに都市に出向いて盗んだり、”図書館”で借りたりした。その過程で、自身にとてつもない魔術の才能があることがわかった。
数十年が経ち、ラフロイナが魔術を極めはじめた頃、あの日が訪れた。
突如なにかが、ラフロイナの頭に響いた。それは、魔王の意思だった。それが言葉だったのか、吠え声だったのかは判然としない。ただ、ラフロイナは根源的な恐怖を覚え、強く怯えた。
魔物を従え、歯向かう存在を滅せ。魔王の意思はそう伝えてきた。そしてラフロイナに”特別認識個体”としての力が目覚めた。
――ああ、やっぱり私は魔物だったのか。黒き魔術師は、そう思った。
それから50年、黒き魔術師は魔王の意思に従い、人類の宿敵として戦い続けている。人類を滅ぼした先に何があるのかは、何も知らない。
◇◇◇
王都の宮殿。歴史を感じさせる、豪奢な建物。
そこにある執務室で、宰相が緊急の報告を受けていた。報告書を持つ宰相の手は、震えていた。
「――”特別認識個体”赤き竜の討伐報告だと……」
「はい、冒険者の町からの報告です。魔物の角の欠片も同封されており、専門家の鑑定では”特別認識個体”の部位である可能性が極めて高いと……」
冒険者の町のギルド長は、赤き竜の討伐報告を王都へ送っていた。討伐者である、レンとハナとカリアの情報も添えてあった。
宰相が、報告書を凝視する。人類が10年間で討伐できた”特別認識個体”はわずか3体だ。しかし、巨大熊に続いて赤き竜と、立て続けに2体の討伐報告があがってきた。そして両方とも、勇者と聖女と思われる少年と少女の存在が示唆されている。
「まず、国王陛下へ報告を。そしてすぐに、緊急会議の招集を」
役人たちが、慌ただしく動きだす。宰相は、会議を行う以外の対応が考えられなかった。
ふと顔を上げると、窓から晴れ渡った空が見えた。そこから差し込む陽光が、宰相が持つ報告書を静かに照らしていた。