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3.人はそれを、勇者と呼ぶ(前編)

「さあ、冒険の始まりだ!」


「やってやりますわ!」


 女神の神託は正しく届かなかった。架空の勇者と聖女を見つけ出し、神託と名付けられた謎のラクガキを届けに行く旅がはじまろうとしていた。


「でも、勇者と聖女はどこにいるのかしら?」


「神託に何かヒントがあるかも!」


 レンとハナは、神託が書かれた紙を取り出して広げた。女神の神託は、ハナにより地面のラクガキとなり、それを紙に写すときに大きく絵柄が変わり、もはや何の意味があるのかわからない代物になっていた。


「レン、あの雲、神託のここの部分に形が似てますわ……!」


「たしかに! さすがハナ、あっちの雲の方に行こう」


 二人はさっそく、謎の目印を作った。


 謎の目印の雲の方に向かうためには、村を出る必要がある。二人は、ポツリポツリと家が建っている村道を、怪しまれないように小走りと早歩きの中間の速度で進んでいった。


 幸いにも二人は、寮長のおばちゃんに見つからず村を出ることができた。


「あれ、目印の雲がどっか行っちゃったな……?」


 村を出てしばらく歩いたところで、二人は目印の雲を見失った。


「レン、あそこ! 立て看板がありますわ!」


 レンとハナは、立て看板に駆け寄り、じろじろと見た。しかし、何が書かれているかさっぱりわからない。


「え、え~と、あっちの方? ですわね?」


「うん、たぶんあっち? かな?」


 かろうじて読み取れた矢印マークの方へ、二人は向かうことにした。山と川に挟まれた平たい道を、二人はテクテクと歩いていく。


 その道は、辺境の町へつながっている。



 ◇◇◇



 辺境の町の教会。どんよりと曇った空の下、人々が慌ただしく出入りしている。


「商会の馬車が来ました! これが最後の物資です」


「ありがとう。木材はあちらに、武器はここに。細かい保管方法は、この手順通りにお願いします」


 司祭のヘオイヤが、手早く支持を出していく。ヘオイヤは、高身長でひょろりとした見た目だが、祭服の下の肉体は引き締まっている、元軍人である。


 周辺からかき集めた大量の軍需物資が、教会の聖堂に積まれていく。神聖な場所が、血生臭くなったものだと、司祭のヘオイヤは思った。


 辺境の町は、魔物の大規模襲来に備え、防備を固めているところだった。ヘオイヤは、最後の物資の収容を見届けると、町中を速足で回りながら、矢継ぎ早に防備についての指示を出していった。


「そこの柵は、後回しで大丈夫です。中央の守りがまだ弱いので、そこの柵から組み立てをお願いします」


「おう、ヘオイヤ司祭はやっぱり詳しいな。指示、宜しく頼むぜ!」


「いえいえ、皆さんがすごくて尊敬しますよ。今くらいに準備できていたら、兵士時代にもっと魔物を倒せていたんですが」


「ははっ! 任せておくれ!」


 ヘオイヤは、元々は国王軍の将校だった。部下や戦友が魔物に殺され続けていくことに耐えられなくなり、軍を辞め教会に仕え、辺境の町で司祭となった。


 辺境の町に、国王軍の兵士はいない。練度の高い正規兵は、王都周辺の激戦区へ送り込まれるからだ。町の防衛は、農業や狩猟といった本業を持っている民兵が行う。辺境の町にはまともな軍事指揮官がいなく、なし崩し的にヘオイヤが指揮官を務めている。


「魔王勢力との戦争が嫌で軍を抜けた私が、また魔物と戦おうとしてる――。ひどい皮肉です」


 ヘオイヤは、なかば諦めたように呟いた。この町は、魔物により間もなく滅ぼされようとしてる。どう足掻こうとも生き残れるとは思えなかった。


「司祭さま」


 子供から声をかけられ、ヘオイヤはすぐに聖職者らしい笑顔を作った。


「おや、どうしましたか? 鍛冶屋のお子さんですよね? 魔物が来るかもしれないから、早くお家に帰ったほうがよいですよ」


子供は、不安そうにしている。


「あの……お母さんがお父さんと喋ってたのを、こっそり聞いちゃって……。今回はもうダメかも知れない、魔物にみんな殺されちゃうだろうって言ってて……。それで、怖くなって……」


 子供が、ヒックヒックと泣き始める。ヘオイヤは、子供の頭を撫でながら、笑顔を作る。自身の中で暴れようとしている、黒々しい諦観と絶望をおさえつけて。


「……私は、いつも神に祈っています。この町の人々が、幸せになれることを。大丈夫です、神に祈りは届いています。民兵の皆さんと、あなたのお父さんと、このヘオイヤで、絶対に魔物をやっつけますよ」


「ほ、本当……?」


「はい、本当ですよ。神は、皆を見ています。もちろん、あなたのことも。安心していてください。さあ、お家へ帰りましょう」


 子供が、ほっとした表情をする。ヘオイヤは、子供を鍛冶屋の家まで送ろうと、少し震えている手をにぎった。


 この辺境の町のみんなの、家も、顔も、名前も、職業も、性格も、ヘオイヤは知っていた。魔王勢力との闘争に耐え切れずに逃げ流れてきた、兵士崩れの聖職者だったヘオイヤを、受け入れてくれたのがこの辺境の町の人々だった。


 だから、ヘオイヤはこの町を守りたい。自分の命で、町が救われるのなら、喜んで命を捧げるだろう。


「……司祭さま? なんか顔が怖いよ?」


 子供が、ヘオイヤの顔を見ながら言った。


「ああ、すみません。魔物をどうやっつけるか考えていました」


 ヘオイヤは、聖職者らしい笑みを無理やり作った。


 ”不撤退”。魔物襲来の兆候を報告した後に、王都から伝書鳩で運ばれてきた命令だった。人類は9割の領土を失い、余分な食料は存在しない。魔王勢力から敗走してきた難民を受け入れる余力はない。


 ならば、撤退させて難民を増やすより、命尽きるまで魔物と戦わせた方が彼我の戦力差が縮まる。いかにも王都の軍人が考えそうな、合理的で冷徹な作戦だった。


 ヘオイヤは、その命令の意図が理解できる。そして、その命令の下で死んでいく人々の顔も、鮮明にわかる。いま、手をつないで歩いている、不安に怯えている子供も死ぬのだ。


 ヘオイヤは、神を信じていない。ただ、神を信じることが、死の恐怖や絶望を和らげることも知っている。死にゆく兵士たちを見続けて、それを知った。だから聖職者になった。


「でもですよ、でも」


 ヘオイヤは、子供に聞こえないように呟く。


「――奇跡を起こしてくださいよ、神様……!」


 ヘオイヤの心からの祈りは、曇天に吸い込まれていく。

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