28.魔術師ラフロイナの戯れ(中編-1)
人類の宿敵、”特別認識個体”黒き魔術師と、レンとハナとカリアの戦いが始まった。
「黒煙、展開」
黒き魔術師は、左手にまとった黒い煙を放出した。とてつもない質量の煙が放出され、たちまち村が黒い煙に覆われた。
「黒炎、放出」
さらに黒き魔術師が、右手にまとった黒い炎をカリアのいた位置に向けて放った。黒煙により視界と呼吸を妨げ混乱させたうえで、黒炎で敵を焼き尽くす。これが黒き魔術師の戦術だった。
黒煙は、魔力によって通常よりも濃く重く変質させた煙である。黒煙に包まれた人間は、闇に放り込まれたように感じるだろう。黒炎もまた、長く燃え続けしつこくまとわりつく、泥のような炎に変質させている。
いかにカリアが最強の戦士でも、この攻撃を避けることはできないだろう、と黒き魔術師は思った。
黒き魔術師の眼前の黒煙が少し揺らぐ。何かが、黒煙から飛び出してきた。カリア。全身を黒炎に焼かれながらも、剣を突き出して果敢に突進してくる。カリアは一気に黒き魔術師に接近し、渾身の突きを放った。
黒き魔術師は、紙一重でそれをかわした。黒煙を放出する際の反動を利用することで、黒き魔術師は異常な速さで回避行動がとれる。
「聖剣!」
背後からレンの一撃。
「――同じ手は通用しませんよ。黒炎、放出」
質量を強化した、通常よりも重い黒炎を、黒き魔術師はレンに向け全力で放つ。滝のようにぶつけられる黒炎に圧され、レンの攻撃が逸れた。レンは黒き魔術師へ向け跳躍した勢いのまま地面にぶつかり、いくつかの骨が折れた。
再び、黒き魔術師と三人が距離を置いて対峙する。黒い炎に包まれているレンとカリアを、ハナがちゃちゃっと治癒した。淡い緑の光に触れると、煙も炎も掻き消えていく。
あの子供の女がいちばん厄介だなと、黒き魔術師は思った。女戦士と、子供の男の術理は理解できる。女戦士は、無意識に身体強化魔法を発動させているのだろう。魔術の術理を理解せずとも、無意識に魔法を発動させられる人間は稀に存在する。
同様に子供の男も、身体強化魔法を無意識発動させている。ただ、女戦士と比較にならないほどの強度だ。自身の体が壊れるほどの身体強化は、黒き魔術師も初めて見た。
そして相変わらず、子供の女の治癒の術理は理解できない。おそらく、未知の魔術系統なのだろう。
とにかく、あの子供の女がいる限り、女戦士と子供の男は自身の負傷を度外視した攻撃を繰り返せる。長期戦は不利だった。
黒き魔術師が、動いた。黒炎でレンとカリアを牽制し、黒煙を利用して一気にハナへ近づく。ハナを守ろうと、レンが跳躍する。しかし、黒煙によって隠されていた家屋に激突した。レンが起き上がりまた跳躍する。ただ間に合わない。黒き魔術師はハナを射程に捕えた。焦ったハナが、淡い緑の光を展開させる。黒炎はどうせ光に搔き消される、そう判断した黒き魔術師は、ハナの胴体を思い切り蹴り飛ばした。吹き飛ばされたハナは、家屋に体を強くぶつけた後、地面に横たわった。気を失ったようだ。
ハナも無意識に身体強化魔法を発動させており、命を奪うまでには至らなかったが、黒き魔術師にはハナの肋骨をへし折った手応えがあった。黒き魔術師は、気を失ったハナの止めを刺そうと、黒炎を放つ。カリアがハナを庇うように立ちはだかり、黒炎を一身に浴びた。
「あ、まずい」
レンが無表情に呟く。
「ハナは、自分の怪我は治癒できないんだ。あれは、ハナが大切な人を助けたくて生まれたものだから」
カリアが、黒炎を浴び続けながら黒き魔術師へ剣を振るう。黒き魔術師はそれを軽々とかわしながら、右腕でカリアを殴り飛ばした。そして、再びハナへ向け黒炎を放とうとする。
「お父さんとお母さんがいなくなっちゃって……そしてハナもいなくなっちゃうのは、嫌だな」
殴り飛ばされたカリアは、重度の火傷でもう動けない。血を吐いて横たわるハナも、目を覚ます気配がない。黒き魔術師がハナへ黒炎を放つ。
「――うん、本気出そう」
レンの持つガラクタのような剣が、銀色の光をまとい激しく輝きはじめた。