27.魔術師ラフロイナの戯れ(前編-2)
黒き魔術師が大きく跳躍し、三人との距離を取ると、自らの傷を確認した。
脇腹には裂傷、右腕は欠損している。100年以上の生涯で、黒き魔術師がここまでの傷を負うのは初めてだった。
認識を改めなければならない。黒き魔術師は、そう思った。まず、あの女戦士。これまで戦ってきた国王軍兵士の誰よりも強い。おそらく、個としては人類最強の部類だろう。そして、あの男の子供。人間というよりも、高位の”特別認識個体”に近い動きだった。規格外の化け物だ。
「……嵌められましたか」
この状況が罠だったのだろう、と黒の魔術師は推測した。そもそも、こんなところで人類最強とも言える人間達に遭遇していることが不自然だ。ここは王都とは逆方向の辺鄙な村であり、こんな強者たちが特に目的もなくここをうろついているのなら、彼らはとんでもない間抜けだろう。
おそらく、彼らはじっと観察していたのだ。黒き魔術師が村を燃やし尽くし、村民や兵士を殺戮する様を。そして機を伺い、何も知らないように振る舞い黒の魔術師を誘い出し、一気に奇襲をかけた。その結果が、この負傷である。高い戦闘力だけでなく、非常に冷徹で、知略にも秀でている。
事実、レンとハナとカリアは、千載一遇の機会を得ようとしていた。人類の宿敵である黒き魔術師に重傷を負わせ、討伐寸前まで追い込んでいる。おそらく、正面から戦えば苦戦をしていたろう。カリアの非常識さと、レンの軽率さが成し遂げた奇跡だった。
カリアは、剣を構え黒き魔術師の次の動きを読もうと集中していた。レンは、空を飛ぶ蝶々を眺めていた。
「……とにかく、まずは傷の処理ですね」
切断された黒き魔術師の右腕から、ボタボタと血が滴っている。黒き魔術師は、切断面に治癒魔法をかけた。徐々に、出血が少なくなっていく。
黒き魔術師の魔法の技量は、人類の魔術師を遥かに凌駕していた。治癒魔法は、肉体が本来持つ再生能力を高め、治癒までかかる時間を短くするという術理である。非常に高度な魔法で、熟練した魔術師でも、軽い切り傷を塞いだり、捻挫や骨折を数日早く治せる程度のことしかできない。
しかし、黒き魔術師はものの十秒で切断された手からの出血を止めた。傷は塞がった。かなりの魔力を消費したが、これで戦える。
「あら、治癒が下手くそなんですね。手本を見せてあげますわ。治癒」
いつの間にか男の背後にいたハナは、男の治癒が下手くそだったのを見て、自分の治癒を自慢しようとした。
「――な、なんだ!?」
黒き魔術師は、黒煙をまとってハナが出す淡い緑の光から逃げようとした。しかし、光に触れた黒煙はかき消え、黒き魔術師の体が緑の光に包まれた。
瞬時に、黒き魔術師の体が回復していく。失われた右腕どころか、これまでの戦いで消費していた魔力も回復していた。
「馬鹿な。これは、どういう術理だ……?」
魔法を極めている黒き魔術師は、どんな魔法でも一瞥すれば術理を理解できる。しかし、これは全く理解できなかった。なぜ腕が治るのか。なぜ魔力まで回復するのか。というか、なぜ黒き魔術師を治癒したのか。
――三人を生かしてはおけない。黒き魔術師は、強くそう思った。人類最強の戦士。人の枠を超えた化け物。すべてを回復する異常者。魔王勢力にとって、最大の脅威だろう。
「……とにかく、あなた方が人類に残された最後の希望のような存在であることはわかりました。ここで、その希望を刈り取ります」
黒き魔術師は飛翔し、右手に黒炎を、左手に黒煙をまとわせた。これは、黒き魔術師が強敵と戦う時の戦闘形態である。
カリアが剣を持つ手に力をこめる。レンも思い出したように剣を構える。ハナも杖を握ってやる気マンマンだ。
こうして、万全に回復した黒き魔術師と、三人の戦いが始まった――。
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