25.信徒ヘオイヤの旅路(後編)
寮長のおばちゃんとヘオイヤは、小一時間話し込んだ。しかし、どうも話が嚙み合わない。
(この神父さん、レンとハナのホラ話を完全に真に受けてる……。すごく騙されやすい人なんだわ)
(この寮長を魔物との争いに巻き込まないために、レン様とハナ様は、勇者と聖女の力を隠しながら暮らしていたのでしょうね)
お互いがそれぞれ、強固な勘違いをしていた。二人は、話し合いで誤解を解くことを諦めた。
「いずれにせよ、この食料は受け取ってください。辺境の町だけでは食べきれないので、他の周辺の村にも配ってますので」
「それは、本当にありがたいです。子供たちが飢えずに済みます。……神父さまは、レンとハナがどこにいるかご存じですか?」
「場所はわかりませんが、向かっている先は見当がつきます。私はこれから王都へ向かいますが、途中でレン様とハナ様に合流するつもりです」
ヘオイヤは、レンとハナから託された神託を二人に返すという使命を持っている……と信じ込んでいた。
「ああ、二人と会う予定なんですか。……では、これをレンとハナに渡してもらえませんか? 私の誕生日に、二人がプレゼントしてくれたものです」
そこには、クシャクシャの紙に、おばちゃんらしき人物の下手くそな絵と、『おばちん おめてと おいちいごはん ちゃうだい』と誤字だらけの文字が書かれていた。
「これを渡して、『約束通り、美味しいご飯を作って待ってるよ』、と伝えてもらえないですか? そうすれば、二人も帰ってくるかも……」
「なるほど、レン様とハナ様が書いたものですか。幼いレン様とハナ様が、一生懸命これを書いている様子が目に浮かびます」
「……それ、去年もらったものです」
「……え?」
こうして、一向に話が噛み合わないまま、ヘオイヤは孤児寮に肉をたっぷり寄付して、辺境の村を後にした。
◇◇◇
「う~ん、寮長のおばちゃんの料理が食べたいなぁ。ハナ、一瞬だけ孤児寮に戻らない?」
レンとハナとカリアは、開けた草原の道を歩いていた。レンは、寮長のおばちゃんの料理が恋しくなってきていた。レンとハナは、幼い頃に魔物に両親を殺され孤児寮に預けられて以来、ずっと寮長のおばちゃんの料理を食べて過ごしてきた。
「レン、きっと寮長のおばちゃんはカンカンですわ。今もどっても、当分ご飯抜きになるに決まってますわ」
「うへ~、それは嫌だなぁ」
少し歩くと、道が左右に分かれていた。道の分岐点に、立て看板があった。
「これ、どっちに行けばいいんだろう?」
「看板がありますわ!」
レンとハナは看板に駆け寄り、ジロジロと至近距離から眺めた。何が書いてあるのかはわからない。カリアが看板を一瞥し、言う。
「おお、良かった。道は合っていたみたいだな。左の道が、王都へ、そしてその先にある、魔王がいると言われている”最前線”へ向かう道らしい。右は……『お菓子の村』への道と書かれているな」
「「お菓子の村!」」
お菓子という言葉にレンとハナは興奮し、即座に右の道を突っ走っていった。遅れまいと、カリアも全速力で二人を追った。
◇◇◇
レンとハナとカリアの位置から、歩いて半日ほどの距離にある小さな村。
村の家屋からは黒煙があがり、道には多くの死体が転がり、町は滅びようとしていた。
村の中央付近にある小屋に、国王軍の小隊が籠っていた。周囲を厳重に見張り、武器を構え、まるで怯えているかのように警戒を強めている。
「くそ、くそっ……! まさか、これほどまでとは」
”特別認識個体”らしき存在の報告を受け、周辺の村を巡回していた。そしてちょうどこの村に着いたときに、襲撃を受けたのだ。その”特別認識個体”は、単身でやってきて、まるで遊ぶかのようにこの町を蹂躙した。
村の住民はもちろん、巡回に来た兵士たちも大半がすぐに倒され、生き残った少数が小屋に籠っていた。
「隊長、まさか、あの”特別認識個体”は……」
「ああ、たぶん黒き魔術師だ。……最悪の奴に出くわした」
”特別認識個体”黒き魔術師。人によく似た姿形をしていると言われている、人類にとって最悪の魔術師。高い知性を持ち、人語を喋れるという噂もある。魔王勢力において、魔王の次に位置すると言われている、”特別認識個体”の中でも別格の存在だった。
黒の魔術師は、普段は太湖の都市の国王軍と対峙していると言われていた。しかし稀に、こうして遠征して村々を襲っているという被害報告も出ていた。
国王軍の隊長は、小屋の中から、この村からの逃げ道を必死で探していた。しかし、黒煙が立ち込めて視界が悪い。まるで闇の中にいるようだ。
「いちかばちか、突破を試みるしかない。皆、合図をしたら北へ駆けろ。敵が現れても、倒そうと思うな。勝てるわけがない。矢で牽制して、少しでも距離を稼げ」
周囲の兵士が、覚悟を決めようと深呼吸している。皆の腹が据わるまで、隊長は少しの間だけ待った。
「よし、みんな。まずは、ここを生き延びよう。そしていつか、黒の魔術師を討ち取って、ここで死んだ仲間を弔おう。――行くぞっ!」
兵士たちが、一斉に小屋を飛び出て駆け出した。そしてすぐに、轟音。兵士たちを包み込んで余りある、圧倒的な質量の黒炎が、兵士たちにまとわりついた。
「こ、こいつ……」
黒々とした炎に焼かれながら、隊長は思った。
「遊んでやがったんだ……!」
黒の魔術師は、兵士たちが隠れているのをきっとわかっていた。そして待っていた。勇気を出し飛び出してきた兵士たちをすぐに屠ることで、ほんの少しの希望すらへし折って殺そうとしているのだ。
薄れゆく意識の中、隊長は思った。いつかこいつを、このふざけた怪物を倒す、勇者のような存在が現れないか、と――。
黒煙に焼かれた、兵士たちの焼死体が転がっている。それらは、絶望の表情を浮かべていた。もはや、村に生き物の気配はない。
こうして、お菓子の村と呼ばれていた集落は、壊滅した。