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24.信徒ヘオイヤの旅路(中編)

 早朝。稜線から、朝日が登ろうとしている。二頭立ての馬車に、ヘオイヤが荷物を積み込んでいる。朝焼けが稜線を染め、日差しがヘオイヤの祭服に反射する中、彼は静かに呟いた。


「出発の日にふさわしい、良い天気ですね」


 朝日を見ながら、ヘオイヤが呟く。ヘオイヤは、辺境の町で教会に務めながら、民兵の指揮もこなしていた司祭である。”特別認識個体(ネームド)巨大熊(ビッグ・ベアー)に襲われ壊滅寸前だった町を、レンとハナに救われていた。


 その時からヘオイヤは、レンとハナを心から尊敬し、ほとんど二人の信徒のようになっていた。


「ヘオイヤさん、もう出発するんだね」


 鍛冶屋の子供を先頭に、町の住民一同が、ヘオイヤを見送りにやってきた。


「はい、みなさんご存じの通り、王都からの出頭命令が下りました。私には、勇者様と聖女様……レン様とハナ様のことを、そして彼らがもたらした奇跡と、なにより彼らが人類の希望であることを王国へ正確に伝える義務がありますから」


 ヘオイヤがレンとハナのことを正確に伝えられるかは疑問に思うが、ヘオイヤのこの任務が重要なのは確かだった。王国の命運を左右するほどに。


「もし、途中でハナさんに会えたら、これを渡してくれないかな?」


 鍛冶屋の子供が、短刀をヘオイヤに手渡した。鍛冶屋の子供は、死にかけた父親をハナに救われていた。何か御礼がしたいと思い、父親に手伝ってもらって作ったのがこの短刀だった。お世辞にも形は綺麗とは言えないが、良い鉄を使い、鋭く研がれていて、少年が一生懸命作ったのが伝わってくる。


「息子が作った初めての武器だ。見てくれは悪いが、中々に使えると思うぜ」


 鍛冶屋の子供の父親が言った。父親も息子も服が汚れていて、どうやら徹夜で仕上げてきたらしい。


「わかりました、必ず届けましょう。きっとハナ様も嬉しく思うでしょう」


「うん、ヘオイヤさん、気を付けてね!」


 町のみんなに手を振り、ヘオイヤは出発した。


 崖と河川の間に引かれている、細い街道を移動しながら、ヘオイヤは肌着に縫い込んである包みに手を触れた。もう何度も何度も、手を触れその存在を確認している。


 包みの中には、さらに厳重に油紙で包まれた、神託が描かれた紙片が入っていた。それは、レンとハナが辺境の町を出る際に残していったものだった。


 何らかの事情があって残されたに違いない神託は、傍目からは単なるラクガキにしか見えないが、人類にとって重要な意味を持つものに違いなかった。


 ヘオイヤは、王都の出頭とは別の使命を自身に課していた。この神託を、再びレンとハナに届ける必要がある。ヘオイヤは、自分がどうなってもこの使命を果たそうと思っていた。


 大荷物を載せた馬車とヘオイヤが、街道を進んでいく。ヘオイヤは、絶対に神託を失うまいと、警戒しながら進み続けた。



 ◇◇◇



「早く魔王を倒したいなー!」


 レンが、魔王討伐依頼(クエスト)の依頼書の写しを眺めながら言った。報酬額の10億インをまじまじと見ている。


「これだけお金があれば、ガキ大将のジャイボスを召使いにできるかな?」


「それどころか、寮長のおばちゃんも召使いにできますわ! 立派な召使いの館を建ててやりますわ!」


 ハナが、串焼きの食べかすを顔いっぱいにくっつけながら言う。あれだけあった串焼きも、残り少しになっていた。


「そういえばレン殿、前に神託がどうこうと言っていたが、神託とは何なのだ?」


 カリアが、思い出したように言う。


「あれ……? それなんだっけ……」


「レン、たぶんあのラクガキのことだと思いますわ」


「あ、あのチリ紙のことか」


 辺境の町に忘れておいてかれた信託は、うろ覚えでチリ紙に模写され、それはいまハナのカバンの奥底に放り込まれていた。二人はもう魔王討伐依頼(クエスト)の報酬10億インのことばかり考えていて、神託に対する興味を失っており、ラクガキやチリ紙呼ばわりしている。


「……ふむ、重要でないならそれでいい。さあ、早く魔王がいると言われている”最前線”へ行こう。思ったより遠いみたいだ」


 カリアが、スタスタと歩き始める。女神らしき存在の叫び声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。



 ◇◇◇



 辺境の町を出発してから半日。ヘオイヤは、辺境の村に到着した。


「さて、レン様との約束を果たすとしましょう」


 ヘオイヤは、辺境の村にある孤児院に向かった。魔物の群れを倒した後、その肉を孤児院に寄付してくれとレンに頼まれたのだ。


 馬車には燻製した肉がたっぷり積まれていた。孤児院の建物が見えてきた。庭の畑で、子供たちが土を掘っている。


 ーーー


 寮長のおばちゃんは、またため息をついた。レンとハナがいなくなってしばらく経つが、まだ帰ってきていないからだ。


 もともとレンとハナが、おばちゃんに怒られて拗ねて家出することは何度もあった。そしていつも1日2日でお腹を空かせて帰ってきた。今回も、兵士試験に落ちた腹いせで家出したのだろうと思った。しかし、それにしては家出の期間が長すぎる。


 おばちゃんの脳裏に、様々な悪い妄想が浮かんでくる。裏山で魔物に遭遇し食べられたのではないだろうか。悪い人間に騙されてさらわれたのではないだろうか。その場しのぎの行動を繰り返し、ひどいトラブルを引き起こしているのではないだろうか。


 全て、ありえそうなことだった。レンとハナは、いつもおばちゃんの想像を超えた行動をする。


「おばちゃん、畑仕事に行ってくるね!」


 畑仕事の準備を終えた子供が、声をかけてきた。


「……ああ、うん。頑張ってきてね。あと、レンとハナを見つけたら、美味しいご飯が準備してあるよって声をかけてあげてね。バツが悪くて戻ってこれないだけかもしれないから」


「わかったー!」


 畑仕事に出ようと、子供がドアを開けると、そこには祭服を来た長身のひょろりとした男が立っていた。男は柔和な笑みを浮かべている。


「はじめまして、私は辺境の町で教会に努めているヘオイヤという者です。あなたが、孤児寮の責任者の方ですか?」


「え、ええ……。寮長をしていますが、何か用が?」


「はい、この孤児寮に燻製肉を寄付しに来ました。レン様とハナ様からの贈り物です」


「……は?」


 ヘオイヤの背後には、大量の肉が積まれていた。どこも食料が苦しくやりくりしている中で、尋常な量ではなかった。しかも、レンとハナからの贈り物だと言う。


 ――絶対に、レンとハナがろくでもないことをしたに違いないと、寮長のおばちゃんは思った。二人の場当たり的な行動に、純粋な人間がなぜか騙されて、回り巡ってこの肉になったに違いないと、おばちゃんは確信した。


「……あの、レンとハナは、何をしでかしたのでしょうか?」


「おお、レン様とハナ様をご存じなのですね。なら話が早い。これは、勇者様と聖女様が起こしてくださった奇跡のお礼です」


「……え?」


「……え?」


 ヘオイヤとおばちゃんは、顔を見合わせた。お互いがそれぞれ抱える勘違いは、いくら話しても解けそうになかった。

キャラの年齢

レン、ハナ:15歳

カリア:18歳


レンとハナは雰囲気のせいか、年齢より幼く見られることが多いです

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