22.冒険者の町の黄昏(後編-5)
馬の魔物の群れを退治してから、数時間が経った。ハナが怪我をした住民を片っ端から治癒したことで、冒険者の町はすぐに復興作業に取り掛かることができた。
破壊された市場の瓦礫を片付ける住民たちを、冒険者たちが警護していた。冒険者たちは、昨日までとは別人のように、胸を張り、きびきびと行動していた。町の住民は、魔物を退治した冒険者たちへの感謝を込めて、警護の依頼を破格の報酬で出していた。
「もぐもぐ、ぱくぱく! もごもご!」
「ぱくぱく、むしゃむしゃ! うっ、ごふっ!」
レンとハナは、一心不乱に馬の魔物の肉で作った串焼きを頬張っていた。迷子になってワンワン泣いていたレンとも、町の住民が発見してくれて合流できた。ハナの横には、ハナが治癒した野良犬が座っていて、ハナから貰った肉をパクパク食べている。
「ほら、そんなに急いで食べなくて大丈夫だよ。肉はまだたくさんあるから」
屋台のおっちゃんが、手早く肉を焼きながら、二人に言う。こんなに美味しそうに食べてくれるのは、料理人冥利に尽きる。
「頼むぜ、たらふく食わせてやってくれ。こいつらは、町とギルドの恩人なんだ」
ギルド長が、依頼書類の束に目を通しながら言った。冒険者の評判が上がり、さらに町の復興事業も重なり、ギルドには大量の依頼が舞い込んできていた。これで、冒険者たちの暮らしぶりもよくなるだろう。
魔物との戦いでは、冒険者に4人の死者が出た。奇跡のような力を持つハナの治癒でも、死んだ人間を生き返らせることはできない。しかし、冒険者たちが望んだ生き様だった。命よりも大切なものを、彼らは優先したのだ。
「まさか、冒険者がこんな活躍をする日が来るなんてなぁ。大昔を思い出すみたいだ。ギルド長、あんたもなんか雰囲気が変わったな」
屋台のおっちゃんが、ギルド長に言う。
「さあ、どうだか。まぁ、せいぜい上がった評判が落ちないくらいには頑張ってみるさ」
ギルド長は、もう過去の夢を見たいとは思わなかった。自身と、冒険者たちの手で、変えられる未来が目の前に広がっているのだ。
カリアが現れ、ギルド長へ近づいてきた。片膝をつき、深く頭を下げる。
「ギルド長が身代わりになったおかげで、私は生き延びた。心から感謝する。何か、あなたに報いたい」
戦闘中、馬の魔物に踏み潰されそうになったカリアを、ギルド長が助けていた。
「おいおい、よしてくれよ。魔物はほとんどアンタが倒したんだぜ? 感謝するのはこっちの方だ」
「いや、これは私の問題だ。何か報いなければ、気が済まない」
ギルド長は、ちょっと困った顔を浮かべて、言った。
「わかった、じゃあ、魔王を討伐してくれ」
「屋台のおっちゃんと同じ望みか。ちょうどいいな」
「――え、俺、魔王を倒して欲しいなんて言ったっけ!?」
屋台のおっちゃんは困惑した。おっちゃんの、ギルドに協力してほしいという言葉を勘違いして、カリアは魔王討伐の依頼を独占したのだった。
「その、なんだ。ちょっと、夢ができてな」
ギルド長が、少し恥ずかしがりながら言う。
「今回の件で、冒険者のやつらもちょっとは骨があるってわかったろう? あいつらと一緒に、ギルドをデカくして、他の町にもギルドを作って、昔の冒険者組合みたいなのをまた作れたら、冒険者稼業もまた盛り上がるんじゃないか、ってな」
ギルド長には、新しい夢が生まれていた。ギルド長は、カリアの目を見て、言った。
「ただ、魔王がいるとそれができねぇ。だから、頼む。魔王を討伐してくれ」
「……良い夢だ。わかった。魔王討伐、承った」
カリアは、立てた親指を、自身に向けた。
「ははっ、それ覚えたのか。魔王討伐の依頼は、永久にあんたらの独占にする。だから、あんたらもウチのギルドの冒険者だ。よろしく頼むぜ、相棒」
「ああ、よろしく頼む、ギルド長の旦那」
カリアとギルド長は、強く握手を交わした。
「――そういえば、聞きたいことがある」
ギルド長は、カリアに尋ねる。
「あんたも、レンも、ハナも、とんでもない力を持っている。普通の人間には見えねぇ。まるで、物語の勇者や聖女のような――」
「農民だ」
カリアは、キッパリと言った。
「レン殿とハナ殿は農民で、私はその足元にも及ばない戦士だ。変な勘違いはやめてもらいたい」
カリアの言葉は、嘘にしては筋が悪すぎた。ギルド長は、何か明かせない事情があるのだろうと思った。
「わかった、農民様が、魔王を倒すのを楽しみに待ってるぜ」
「よし、レン殿、ハナ殿、そろそろ行こう!」
レンとハナは、お腹パンパンになり寝そべっていた。
「うん、お腹いっぱいになったし、行こうか!」
「ワンちゃんも連れていきたいですわ!」
野良犬は、ハナにとてもなついていた。
「ハナ殿が言うなら止めはしないが、旅に連れて行ったら、すぐに魔物や動物に喰われると思うぞ?」
「ええ……ワンちゃんを置き去りにはできませんわ……寂しい思いをさせちゃいますわ」
ハナが涙目になる。ギルド長がちょっと悩んだあと、手を叩きながら言った。
「わかった、この犬はいったんギルドで飼うことにする。ハナ、すべてが終わったら、こいつを引き取りに来てくれ」
「ほ、本当ですの!? ……でも、すべてが終わったらってどういうことかしら?」
「決まってるだろ、魔王を討伐したら、だ。依頼の報奨金を受け取りに来るだろう? その時、この犬も引き取ればいい!」
「すごいですわ! お金とワンちゃんを一緒にもらえるなんて素敵すぎますわ! 早く魔王を倒しましょう!」
ハナは、ピョンピョンと跳ねて喜んだ。
「そうだ、カリア。長剣が折れたよな? 王都への道の途中に、鍛冶の町がある。剣を治したいなら、そこへ行くといい」
「わかった、ありがとう。ギルド長、また会おう」
こうして、レンとハナとカリアは、食べきれなかった串焼きをたっぷりカバンに詰めてから、冒険者の町を出発した。
そして、結論を言えば、ハナが野良犬を引き取りに来ることはなかった。いや、来れなかった。しかしこの野良犬は、ギルドの看板犬として、ギルド長や冒険者たちに可愛がられ、最期のその時まで、幸せに過ごした。
冒険者の町編、完結です