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21.冒険者の町の黄昏(後編-4)

 大通りの出口で、カリアは馬の魔物の群れと戦い続けていた。


 状況は良くない。足止めに手一杯で、魔物の数をあまり減らせていない。体力もそうだが、敵が多く息をつく暇がない。なにより、レンとハナが一向に現れる気配がない。カリアの動きも、徐々に鈍ってきていた。


 もうすぐ、足が動かなくなる。そうなったら、相打ち覚悟で正面から殺し合うしかない。カリアは、そろそろ戦士らしく派手に散ろうかと考えはじめた。


 ――歓声のような、怒号のような、絶叫のような声があがった。


 すぐ先の冒険者ギルドから、武装した冒険者たちが飛び出してきた。30人ほどいる。彼らの士気は、異常なまでに高かった。


「お前ら、怖気づくなよ! 町のために命を張りやがれ!」


 先頭を駆けるギルド長が怒鳴る。おう、と冒険者たちの返答が聞こえる。力強い声だった。


 冒険者たちは、馬の魔物の群れを背後から襲う形になった。大きい、怖い、しかし退かない。ギルド長は、魔物の尻に槍を突き立てた。他の冒険者も、次々と攻撃を加える。魔物が暴れだし、乱戦となる。


 ギルド長の隣の冒険者が、頭を踏み潰された。腕を食い千切られた冒険者もいる。しかし冒険者たちは、己を奮い立たせるように声を張り上げ、戦い続ける。もう、冒険者には、逃げるという選択肢はなかった。


 冒険者たちが、馬の魔物の群れを背後から襲い、正面のカリアと挟み撃ちする形になった。


「――これなら、なんとかなるかもしれない」


 カリアは、地に着きそうなほど低く剣を構えた。そして、冒険者の襲撃で混乱した魔物の足元をぬうように移動しながら、次々と魔物の足を飛ばしていった。冒険者たちが魔物の気を引いたことで、カリアが動ける余地が生まれた。


「なんだ、ありゃ……化け物だな」


 ギルド長は、カリアの動きに心底驚いていた。一騎当千と呼ばれた人間を何人も見てきたが、魔物の足を斬り飛ばし続けるカリアの動きは、明らかに抜きんでていた。世が世なら、英雄と呼ばれるような存在だろう。


 冒険者たちも、犠牲を出しながらなんとか馬の魔物を一体倒した。敵の数が、目に見えて減ってきている。カリアが、ひときわ大きな馬の魔物の足へ、剣を振るう。


 ガキン、と音を立てカリアの長剣が折れた。馬の魔物の攻撃を受け止め続けたカリアの剣は、限界に達していたのだ。


 馬の魔物が巨体を持ち上げ、カリアを踏み潰そうと迫った。カリアは体勢を崩していて回避できない。


 ギルド長のすぐそばに、体勢を崩したカリアがいた。自分が何を成すべきか、ギルド長は迷わなかった。この戦士は、人類が失ってはいけない存在だ。カリアを突き飛ばし、代わりに自分が魔物に踏み潰された。ぐちゃり、と体の中の何かが潰れる音が聞こえ、ギルド長の口から血が噴き出た。


 身代わりになったギルド長を見て、カリアは魔物が怯むほどの殺気を発した。奥歯が割れるほど食いしばりながら、折れた剣で全力の一撃を放ち、馬の魔物の首を刈った。


 魔物が、崩れ落ちる。それが最後の一体だった。


 二十数体の魔物の死骸と、血塗れになった冒険者が数人横たわっていた。古参の冒険者が、横たわるギルド長に駆け寄った。


「見事だったぜ、旦那。……これで良かったんだよな? これがやりたかったんだよな?」


 古参の冒険者は、泣いていた。ギルド長は、答えようとしたが、もう声を出せなかったので、かすかに頷いた。


 まどろみながら、ゆっくりと死んでいくような日々だった。黄昏た夢の残骸を守ることしか考えられなくなっていた。しかし、最期に、目を覚ますことができた。自分が夢見た、冒険者として死ねるのだ。もう、思い残すことはない――


治癒(パーフェクトヒール)


 淡い緑色の光がギルド長を包み込み、傷が見る間に治っていった。


「……え? な、なんだこれは……?」


 ギルド長は、何が起きているのかわからず混乱した。


「カリア、怪我してる人がたくさんいますわ。レンみたいに、スパパパーンとやれませんでしたの?」


 どこからかやってきたハナが、なぜこんな簡単なことができないのだろうと、純粋な疑問を感じながらカリアに問いかけた。ハナの足元では、野良犬がしっぽをふりながらお座りしていた。ちなみにレンは完全に道に迷い、遠く離れた場所で泣きべそをかいている。


「申し訳ない、ハナ殿。私の力不足だ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで俺の体が元に戻ってるんだ? 魔物に踏み潰されたはずなのに……」


「ああ、すまない。混乱させてしまったな。ハナ殿は農民だから、どんな怪我でも治癒できるんだ」


「……は?」


 ギルド長は、ますます混乱した。


「お、おい……魔物が全滅してるぞ!」


 喧騒が収まったからか、避難していた町の住民が建物から出てきていた。


「ま、魔物をあんたらが倒してくれたのか?」


 住民が、魔物の死骸に囲まれた冒険者たちの姿を見て言う。


「冒険者ギルドの人たちじゃないか! 冒険者が魔物を撃退したのか!?」


「俺、見てたぜ! 冒険者が魔物に立ち向かってたんだ!」


「おいおい、まるで大昔の英雄みたいじゃないか! 見直したぜ!」


 冒険者を讃える、住民の歓声が広がっていった。冒険者たちが、はにかみながら住民に手を振っている。


 冒険者たちは、負傷し疲れ果てボロボロだった。死んだ者もいる。しかし、かつての卑屈さは消え、胸を張ってそこに立っていた。


 ギルド長は、目頭が熱くなり、乱暴に目をこすった。そうだ、これが冒険者だ。明日何かが起きて、自分の人生を変えられるかもしれないという、夢を見れるのが冒険者だ。


「なあ、旦那……。夢みたいだな。本当に、夢みたいだ。俺、寝てないよな?」


 古参の冒険者が、ギルド長を見て言う。


「……うるせぇ、黙ってろ」


 ギルド長は、目を閉じて、歓声の余韻にしばらく浸った。

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