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2.勇者と聖女、爆誕(後編)

「ほら、起きなさい! 今日は兵士試験を受けるんでしょう!?」


 朝というか、昼の手前。レンとハナは寮長のおばちゃんに叩き起こされた。孤児寮の子供たちは、とっくに朝の支度を済ませて畑の手入れを頑張っている。


「う~ん、眠すぎる」


「夕方まで寝たいですわ……」


「いいかげんに起きなさい! ずっと兵士になりたいって言ってたじゃありませんか!」


 レンとハナは、寮長のおばちゃんに世話をしてもらいながら、なんとか朝の準備を終え、兵士試験の会場へ出発した。試験は、歩いて30分ほどの、村の広場で行われる。


 いま、人類は魔王による侵攻を受けている。それに対抗するために、兵士の募集が広く行われていた。兵士試験は年に1度、全土で行われている。二人は今年で5度目の挑戦となる。


 兵士は人気の職業だった。魔物と戦う英雄譚が流行しており、子供の将来の夢ナンバーワンが兵士だった。ちなみにハナの口調は、寮長のおばちゃんに読み聞かせてもらった、名家の令嬢が魔物と戦う物語に影響されている。


 試験会場までの道を、二人はテクテク歩いていた。


「前回は惜しかったからな~。そろそろ受かるんじゃないかな?」


「あのガキ大将のジャイボスでも受かる試験ですから、今年こそ絶対合格しますわよ!」


 二人は、途中で虫を捕まえたり道に迷ったりして、30分遅刻して試験会場に到着した。試験官に泣きべそをかきながら懇願し、なんとか試験を受けさせてもらった。



 ◇◇◇



「くそ~、あの引っ掛け問題がなかったらなぁ」


「遅刻して時間が足りませんでしたわ! もう少し時間があったら合格できてましたわ!」


 レンとハナは、5年連続で、最初の筆記試験に合格することができなかった。


 ちなみに筆記試験は、兵士として働く最低限の、自分の名前の読み書きや、ひと桁の足し算引き算を問われるもので、ほぼすべての参加者が合格する。そしてレンとハナは、自分の名前のつづりをよく間違える。


「……ねぇ、ハナ。ちょっと思ったんだけど」


「なんですの?」


 孤児寮までの帰り道、ハナは首をかしげてレンを見つめた。


「僕ら、ずっと兵士になれないじゃん。寮長のおばちゃんが言うように、立派な農民になれるように頑張るしかないのかなぁ」


「う~ん、そうですわね……。さすがに、もう農作業を頑張るしかないかもしれないですわ……」


 二人は、うつむきながらちょっと落ち込んだ。


「――レン、しみったれた話はもうやめましょう! 裏山に遊びに行きましょう!」


「そうだね! 思いっきり遊ぼうか!」


 そうしてレンとハナは、またしても農作業をサボって裏山に遊びに行った。



 ◇◇◇



「あはははは!」


「うふふふふ!」


 レンとハナは、裏山を駆け回り思いっきり遊んでいた。いつものボロボロな剣とガラクタの杖をふりまわしている。


「いつものクマちゃんやワンちゃん、最近あんまり見なくなりましたわ」


「たくさんやっつけたからね。ここらへんからいなくなっちゃったのかな?」


「でもレン、クマちゃんやワンちゃんみたいな小動物をやっつけられるからって、魔物が出てきたら逃げなきゃいけませんわ。兵士試験も受からない私たちが勝てるわけありませんわ」


 ハナの言うクマちゃんやワンちゃんは、多くの兵士が犠牲になっている立派な魔物なのだが、二人はそれに気づいていなかった。


「……うん、そうだね。農民が魔物に勝てるわけないからなぁ」


 レンが少し寂し気にそう呟き、なんとなくあたりを見渡す。


「——え!? あれは?」


「どうしましたの?」


 レンの視線の先に、白いもやのようなものが漂っていた。白いもやは意思を持ったように形を成していき、女神のような姿になった。


『勇者と聖女を発見。能力の顕現も確認。プロトコル”女神の神託”を開始します。——警告、残エネルギーが少なく、およそ300秒で実体の維持が困難になります』


 女神は淡々と何か独り言のようなことをつぶやいていた。レンとハナは、白いもやがいきなり人の形になったことに驚き、口を開けてビックリしている。


 女神は、レンとハナを見据え、二人へ語り始めた。


『私は古代文明が残した情報思念——いわゆる女神と呼ばれる存在です。魔王を倒すための方法を、すなわち”女神の信託”を、勇者と聖女であるあなた方へ授けにきました』


「……???」


「……???」


 レンとハナは、まだ口を開けてポカーンとしている。仕方ない、と女神は思った。まだ幼い少年少女が、いきなり神託を授かるのだ。驚くに決まっている。


『落ち着いて、聞いてください。私のこの体は、あと数分で消えてしまいます。今から言うことを、絶対に忘れないでください。魔王を討伐する、唯一の方法です』


「……???」


「……???」


 ハナが頭の上に『?』を出しながら大きく首をかしげ、レンは集中が切れたのかソワソワしはじめた。ここに来て女神は、なんかおかしくないかこいつらと思い始めたが、もう時間がない。伝えるべきことを伝えなければならない。


『魔王を倒すためには、3つの神器が必要で「あ、クワガタだ!!!!!」


 クワガタらしき虫を見つけたレンが、藪の中に突っ込んでいった。


『は? え? なに?』


「もう、レン、落ち着きなさい! 大人の話はちゃんと聞かなきゃって言われてるでしょう!」


 ハナは、レンと一緒にクワガタ探しに飛び出しそうになったが、ギリギリ踏みとどまっていた。レンの姿はもう見えない。


『……まさか、当代の勇者と聖女が、ここまで頭が悪いとは――』


 女神はドン引いていた。


「まぁ、馬鹿にしないでくださいまし! レンと違って、私はしっかりしていますわ! レンは先月もおねしょをしましたが、私は今年おねしょをしていないですわ!」


 プンプンと怒るハナを横目に見ながら、女神は自分に残されたエネルギーがもう僅かになっていくのを感じていた。かなり心配だが、この少女にすべてを託すしかない。


 女神は、ハナを真剣なまなざしで見つめた。


『……大変失礼いたしました。では、そんな聡い聖女に、神託を授けます。必ず、内容を覚え、世界を救ってください』


 女神の本気を感じたハナは、背筋を伸ばし、杖で地面に線を引いた。


「――あなたの言葉は、一言一句漏らさず大地に記録しますわ」


『宜しい、では神託を授けます』


 ――風が吹き、ざわりと森が鳴った。女神が目を瞑り、神託を告げる。


『魔王を倒すためには、3つの神器が必要です。』


 静寂な森の中に、女神の厳かな声が響く。


『ひとつめ。破邪の剣、北の大洞窟。座標140.58-38.22』


 がりがりと、ハナが地面に神託を書く音が聞こえる。


『ふたつめ。奇跡の杖、太湖の奥底。座標138.07-36.04』


 木々のざわめき。女神の声。神託を刻む音。


 ハナは真剣な眼差しで、大地に神託を記録する。こめかみには、汗が伝っていた。


『みっつめ。魔術の羅針盤。王都の地下深く。座標139.76-35.69』


 女神が、目を開けた。また風が吹き、森が鳴く。


『この3つの神器があれば、必ず魔王を討伐でき――えっ!!?』


 ハナが神託を記録したと思われる地面には、ミミズがのたうったようなラクガキのようなものが記述されていた。


『え、これ文字!? ラクガキにしか見えない……』


「そ、そ、そんなことないですわ!」


 ハナはあたふたしながら顔を真っ赤にしてプンプン怒りはじめた。


「わ、私にはバッチリわかってますの! 本当に失礼な女神ですわ! 文字くらい書けますの!」


『……じゃあ、最初の神器の場所は?』


 ハナが明後日の方向を眺めながら答える。


「え、えっと……なんか洞窟? いや、動物の地下的な?」


『え。何も伝わってない……』


 そしてちょうど、女神のエネルギー残量が尽きた。女神を形成している白いもやが、散らばっていく。


『せ、聖女! ちゃんと思い出してください! これは本当に大事な――』


 女神だった白いもやは、空に溶けていった。森の中に、静寂と、ハナと、ハナが書いた謎のラクガキが残された。


「まずい……。 まずいですわ!」


 正直、いったい何が起きているのかあまり理解はできていないが、ハナはこれまでの経験から、ハナのせいで何か致命的な失敗が起ころうとしているのを感じていた。


「いやー! クワガタじゃなくてフンコロガシだった!」


 レンが藪の中から戻ってきた。


「レン、大変ですの! なんか勇者とか聖女とか神託とか言われて、よくわからないですの!」


「白いもやもやしたのが、勇者とか聖女とか言ってたよね? ハナ、足元に書いてるそれは何?」


 レンが、ハナの足元に書かれたラクガキを指差す。


「これは……女神の神託? とか言ってたのを記録したやつ? ですわ」


 ハナは、もはや足元のラクガキが何なのかよくわからなくなっていた。レンもハナも文字が書けない。神託の内容をハナなりに頑張って記録しようとしたが、もちろん失敗した。


「そうか……。女神の神託……。勇者と聖女……。あ、わかった!」


「何かわかりましたの!?」


 ハナはすがるようにレンを見つめ、レンはにこりと笑いながら、自信満々に言う。


「女神が言っていたのは、僕らで勇者と聖女を見つけ出して、その神託を伝えろってことなんだよ!」


「そ、それですわ!!」


 ――こうして、人類の命運を左右する、大いなる勘違いが、ここに生まれた。


「僕らは兵士にもなれない農民。農民は、勇者や聖女をサポートする役割だ」


「確かに、おとぎ話でもそういうのはよくありますわ」


「勇者と聖女を探して、この神託を届けよう! そして、魔王を倒してもらうんだ!」


「かっこいいですわ! 私たちが、世界を救う英雄の手助けをできるかも……!」


 ――結論から言うと、二人は最終的に、最強の魔王へ命を賭けた決戦を挑む。……自分を農民だと思い込んだまま。


「よし、この神託を紙に写そう! 紙ヒコーキで遊ぶ用に寮からこっそり持ってきた紙片があるから」


「私が紙に写しますわ! ――あれ、うーん、ちょっと失敗しちゃった?」


「なんか地面の絵とだいぶ違うような……。まぁいっか!」


 ――魔王勢力の侵攻により、すでに領土の9割と人口の8割を失っている滅亡寸前の人類は、残った国力のすべてを二人に託すことになる。


「レン、そうと決まれば! さっそく勇者と聖女を見つけにいきましょう!」


「行こう! 冒険のはじまりだ!」


 ――この、自分を農民だと思い込んでる勇者と聖女に。


「でもさ、ハナ。冒険に出るって寮長のおばちゃんに言ったら、すごく怒られるんじゃないかな……?」


「うーん、そうですわね……。どうしましょう?」


「もう今すぐこっそり出発しようか!」


「そうですわね!」


 ――こうして、絶対に見つからないであろう勇者と聖女を見つけ出し、神託の面影がない謎のラクガキを届けるという、よくわからない旅がはじまった。



 ◇◇◇



 レンとハナの頭上。晴れ渡った空。


 空に白いもやが漂い、一瞬だけ人の姿をかたどって、すぐに四散していった。


 それは、女神のような存在が、何かに失敗したことを悔やみ、泣いているように見えた。

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