19.冒険者の町の黄昏(後編-2)
冒険者の町は、騒然としていた。
「大変だ! 馬の魔物の群れが町を襲いにきている!」
突然魔物の群れが現れ、町のすぐそばまで迫ってきている。あまりにも急な出現で、民兵の防衛も間に合わない。市場や大通りには、逃げ惑う人々の怒号や悲鳴がこだましていた。
大通りに面する冒険者ギルドで酒盛りをしていた冒険者たちにも、喧騒が伝わってきた。
「おいおい、馬の魔物の群れだとよ! ギルド長の旦那、どうする?」
「……下手に逃げるより、この建物に籠ったほうがいいな。よし、テーブルで入り口をふさげ! 少しでも防御を固めるんだ!」
冒険者たちは、自分たちでは魔物に到底敵わないことをよく知っている。ギルド長の指示に従い、テーブルを移動させはじめた。
「おまえら、何十年も冒険者をやって、ここまで生き残ってきたんだろう? こんなところで死ぬんじゃねぇぞ……」
ギルド長のその言葉には、心からの願いが込められているようにも聞こえた。
ーーー
馬の魔物の群れが、冒険者の町へ突入した。市場の店や屋台を踏みつぶしながら、一心不乱に大通りへ向かって駆けていく。
レンとハナとカリアも、町に到着した。カリアは状況を確認する。大通りの先には家が密集した居住区があり、人はそちらへ避難しているようだ。魔物の群れが居住区へ到達したら、多くの人間が死ぬだろう。
もし屋台のおっちゃんが死んだら、ハナが串焼きを食べられなくなる。どうにかしなければ、とカリアは思った。
「よし、三人で固まって行動しよう。私が大通りで群れを食い止める。食い止めた群れを、レン殿に一掃してもらいたい。ハナ殿は、レン殿が負傷したときに備えてそばで待機しててくれ。時間がない、すぐに行動する」
「「りょうかい!」」
レンとハナは元気よく返事をし、レンはどこか明後日の方向に飛び出していき、ハナは怪我をしてうずくまっていた野良犬を治癒しはじめた。二人とも、カリアの指示をガン無視している。
「……? まぁいいか」
超常の力を持つ農民である二人には、何か考えがあるのだろうと思い、カリアは大通りへ向かうことにした。家屋の屋根を跳躍し、最短距離で魔物の群れの先回りをする。カリアは、大通りの出口付近に降り立った。
この規模の群れを退治するには、王国の正規兵でも軍勢規模の動員が必要である。その群れに、カリアは一人で立ちはだかろうとしていた。
ーーー
テーブルで入り口をふさいだ冒険者ギルドに、魔物の群れが迫りつつあった。
冒険者たちは、息を殺しながら、魔物の群れが何事もなく通り過ぎるのを願った。
「おい見ろ、人がいる」
泣き叫ぶ子供が、大通りに取り残されていた。このままでは間違いなく、馬の魔物に踏みつぶされる。
「ギルド長、どうする、あのままだと子供が……」
「黙ってろ! 入り口をふさいじまってるんだ、今からテーブルをどかしても間に合わねぇ」
冒険者たちは、うつむいた。無力感が、ギルドに蔓延していく。仕方ないんだ、たかが冒険者が何とかしようとしても犠牲が増えるだけだ、そうギルド長は自分に言い聞かせていた。ただ、ギルド長は、血がにじむほど強く唇を噛みしめてもいた。俺は、俺たちは、こそこそと机の下に隠れ息をひそめ、何をやっているのか。
馬の魔物が子供に達しようとしたその時、轟音と共に何かがギルドへ突っ込んできた。入り口に積んだテーブルを吹き飛ばし飛び込んできたそれは、子供を抱えた少年のようだった。
「あいたたた……なんとか間に合ったね」
「お前……レンとかいうガキか!?」
間一髪で子供を救出し、勢い余ってギルドに飛び込んできたレンは、衝撃で右腕と左足が折れ曲がっていた。子供は、気を失っているが無事のようだ。
「あれ、冒険者の人たちだ。みんな、どうして誰も戦っていないの?」
レンが、当たり前のことのように問いかける。冒険者たちは、何も答えられない。
「そこの人は、”特別認識個体”を追い詰めた人だよね? 奥の人は、盗賊から大商人を守った人だ。兵士時代に王さまから勲章をもらった人も、ひとりで熊の魔物を倒した人もいる。みんな、すごい冒険者なんだから、あんなのすぐにやっつけられるでしょ?」
レンは、冒険者たちの自慢話を覚えていた。レンの言葉ひとつひとつが、冒険者たちの心をえぐっていった。皆、うつむいて、レンと目を合わせられない。
「……坊主、もうやめてくれ。俺たちを、これ以上惨めにさせないでくれ……」
ギルド長は、たまらず呟いた。
「……どうしたの? まぁいいや、逃げ遅れた人たちを助けろってカリアに言われてるから、もう行くね」
カリアは一切そんな指示を出していないが、レンは片足で跳躍しギルドから去っていった。大通りには、馬の魔物による土煙が舞っていた。
冒険者ギルドには、不自然なほど深い静寂が広がっていた。
――言葉を発する者は、誰もいなかった。