18.冒険者の町の黄昏(後編-1)
レンとハナとカリアが冒険者ギルドを訪れた、次の日。
冒険者ギルドはざわついていた。珍しく、この町の大半の冒険者がギルドに集まっていた。
「”特別認識個体”紅の竜の討伐依頼達成!? 誰がやったんだ!?」
「おいおい、『魔王』討伐依頼が独占されてるぞ……! ギルド長の旦那、何がどうなってるんだ?」
ギルド長は、ざわつく冒険者たちを静かにさせようと思ったが、何をどう説明すればよいかわからなかった。
「こんにちはですわー!」
ハナが、ギルドの入り口をドカンと蹴り開けた。レンとカリアもいる。三人は、お金がなかったので昨日は野宿した。
「な、なんだこいつら。ギルド長の知り合いか?」
ギルド長は、事実を喋るしかなかった。
「……紅の竜を討伐して、『魔王』討伐依頼を独占した奴らだ」
ギルドがさらに騒然とする。信じられない、ありえないといった声が飛び交う。
喧騒が聞こえていないかのように、ハナが言う。
「屋台の串焼きが食べたいのですわ! お金がすぐに貰える依頼を紹介してほしいのですわ!」
昨日、レンとハナは、市場で買い食いするためのお金を得ようと、すぐに魔王を討伐しに行こうとした。さすがに魔王討伐には数日くらいはかかるのでは、というカリアの助言があり、冒険者ギルドで手頃な依頼を見繕うことにした。
「わかった、探すから、少し待ってろ」
この三人の存在は、他の冒険者にとってまるで毒のようだ。自分も凄いことができるのではないかと、過去の夢を思い出して、変な無茶をして死ぬ奴が出かねない。ギルド長は、さっさと依頼を渡して、三人を追い返そうと思った。
「ねぇねぇ、みんな冒険者なんでしょ!? すごいな、かっこいいなぁ!」
冒険者という言葉の響きに脳をやられているレンは、くたびれた格好をした冒険者たちに声をかける。
「お、おう……俺も昔は、”特別認識個体”を追い詰めたりしたことがあるぜ」
目を輝かせた少年に声をかけられた古参の冒険者が、嘘みたいな自慢話を言いはじめた。町で細々とした作業をしながら食いつないでいる冒険者たちは、人から承認されることに飢えていた。
依頼を待つ間、レンは冒険者たちの過去の自慢話を、うんうんと頷きながら聞いた。
「おい、丁度いい依頼があったぞ。最近町の周辺で発見された、馬の魔物の討伐依頼だ。報酬は20万イン(日本円で20万円)だ」
「それにしますわ!」
ハナは早く串焼きが食べたかったので、依頼の依頼書をひったくると、レンとカリアを連れてギルドを飛び出していった。
嵐のように去っていった三人について、また冒険者たちが話はじめる。
「当たり前のように魔物討伐の依頼を持って行ったな……」
「大した連中には見えなかったぜ、案外俺たちでもやれるんじゃ……?」
「おい!」
パン、と手を叩いてギルド長は大声を出した。
「変なよそ者が来て、仕事する気が失せちまった。今日の酒は俺のおごりだ! お前ら、たらふく飲んでくれ!」
おお、と声があがり、酒場のカウンターに冒険者が殺到した。
夢という毒は、酒で誤魔化すのがいちばんだ。しこたま酔えば、連中も夢を忘れられるだろう。
ギルド長は、この寂れた冒険者ギルドと、くたびれた冒険者たちを守りたかった。枯れ果てた冒険者たちが、今さら命を張ってどうする。いま人類は魔王勢力にめちゃくちゃにされていて、冒険者が頑張ったところで何も変わらない。
このギルドは、色あせた夢の残骸だった。ならばせめて、残骸くらいは守りたいと、ギルド長は思った。
◇◇◇
レンとハナとカリアは、冒険者の町を出て馬の魔物を探していた。
「あ、いた。けっこう数が多いね。1ぴき、2ひき、3びき……うん、たくさんいる」
レンは数えるのを諦めた。30体ほどはいそうだ。
「ポニーちゃんですわね。かわいいですわ」
大型馬をさらに大きくしたような馬の魔物は、巨大な蹄を持ち、人くらいなら簡単に踏みつぶせそうだった。この魔物のせいで、近隣との人や物資の往来が制限されていた。
「うん、依頼書の絵と同じ魔物だ。あれが馬の魔物だな」
カリアが持つ依頼書には、依頼をこなす際の注意事項も書かれていた。
『1.馬の魔物は群れをなして行動することが多い。群れは大変危険なので近づかないこと』
『2.馬の魔物は混乱すると暴走する。暴走すると近隣に被害が出るため、集落から離れたところで討伐すること』
もちろん、三人が注意事項など読むはずがない。ちなみにここは冒険者の町のすぐそばだ。
「行くぞ、レン殿!」
「うん!」
レンとカリアは、馬の魔物の群れへ突撃した。カリアが馬の魔物の脚を斬り落とす。レンの一振りで、馬の魔物の首やら胴やらが宙に舞う。
当然のように、馬の魔物は混乱し、暴走をはじめた。一心不乱に、集団で逃げようとする。最悪なことに、群れは冒険者の町の方向へ走っていった。
「む、あの魔物たちが町に突入すると大惨事になるな」
カリアが、人ごとのように言う。
「屋台が壊されたら、串焼きが買えなくなりますわ」
「よし、町のみんなを助けてあげよう!」
三人は、馬の魔物の群れを追って駆け出した。三人から逃れようと、魔物の群れはさらに速度を増し、冒険者の町へ向かって突っ走っていく。
こうして、かつてない脅威が冒険者の町に迫りつつあった――。
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