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17.冒険者の町の黄昏(中編-3)

 ギルド長は、混乱していた。こんな連中が、”特別認識個体(ネームド)”を討伐したというのか――?


 普通なら、報酬目当ての嘘か何かと思っただろう。しかし、受付に置かれた魔物の角は、怪しく輝いており、明らかに高位の魔物の部位だった。何なら、長年ギルド長を務めてきた自分ですら、はじめて見るほどの代物だ。


 ギルド長は、自身の魔物に対する目利きだけは信じていた。それが告げている。この角は明らかに、普通の魔物を越えた存在のものであると――。


「間違いねぇ、これは確かに”特別認識個体(ネームド)”の角だ……!」


「えーと、報酬は1千万インか。多いのか少ないのかよくわからんが、報酬をもらおうか」


 カリアが当然の要求して、ギルド長が怯んだ。


 ”特別認識個体(ネームド)”紅の竜(レッドドラゴン)の討伐依頼は、娘を殺された富豪が、かなり昔に持ってきた依頼だった。その富豪がいま生きているのかもわからない。そういった、依頼主から報酬を受け取れるかわからなくなった依頼書は、普通は取り下げるが、ギルド長は壁の飾りのように貼り続けていた。


「……ま、待て。待ってくれ。1千万インなんて言われても、すぐには準備できねぇ。まず、依頼主に連絡を取って――」


「ここに依頼があり、報酬が書かれていて、レン殿はそれを達成した。なのに、報酬が払えないと言うのか?」


 カリアが、はっきりと殺気を放った。約束事は、カリアにとって最も守るべきものである。壁に貼り付けられた依頼書でも、守るべき約束だった。カリアは、次の返答次第ではギルド長を殺すと決めた。


 ギルド長もまた、荒くれ者の冒険者の中で修羅場をくぐってきた男だ。その経験が告げていた。この女戦士は、たやすく一線を越えられる人間だと。ギルド長は、どう返答するか必死で考えた。しかし、言葉が出てこない。


 カリアが、長剣に手をかけようとした、その時――


「じゅ、10億イン!? 見て、カリア、すごい依頼があるよ!」


 レンが”壁紙”の依頼書を見て何か騒いでいた。


「ほら、ハナ、カリア、これ見て!」


 レンが、”壁紙”の最も上に掲げられていた、紙も文字も風化しかけた古い依頼書を持ってきた。見ると確かに、報酬10億インと書かれている。


「……ふむ、10億インか。ギルド長、これがここで最も困難な依頼(クエスト)か?」


 カリアは、ギルド長を殺すよりも、屋台のおっちゃんとの約束を守ることを優先した。冒険者ギルドの最も困難な依頼(クエスト)を達成すると、おっちゃんへ約束したのだ。


「あ、ああ、間違いねぇ。それが最も困難な依頼(クエスト)だ」


 ――それは、40年前に掲示された、この国で最大の商会が出した依頼(クエスト)だった。


「わかった、ではこの依頼(クエスト)を引き受けよう」


「ひ、引き受けるも何も、”壁紙”の依頼書はそういう仕組みじゃねぇ。自由にやってもらって大丈夫だ」


 ドブさらいのような人数と期限が決まっている依頼(クエスト)は早いもの勝ちだが、”特別認識個体(ネームド)”討伐といった依頼(クエスト)には制限がない。制限をかける意味がないからだ。


「でも、10億インですわよ? みんな血眼になって達成しようとしているに決まってますわ」


 ハナが疑問を言い、ギルド長が答える。


「そりゃまぁ、国中が達成を目指しているといえば、そうとも言えるが……」


「ライバルだらけかぁ、10億インもらえないのは残念だなぁ。お菓子たくさん買えただろうに」


 レンはもう、クエストを達成する前提で皮算用していた。そんなレンを見て、彼の望みをどう叶えようかと考え、カリアは言う。


「ギルド長、このクエストの参加者を我々のみにする方法はないか?」


「え、そりゃ、独占権って仕組みがあるにはあるが……」


 かつての冒険者黄金時代、報酬の良い賞金首狩りや害獣駆除に多くの冒険者が殺到することがあり、死者も出るトラブルが生じた。そこで、保証金を支払い依頼(クエスト)の独占権を持てば、誰が達成しても報酬が独占権保有者に支払われるという仕組みが作られた。


 しかし冒険者が廃れた今、独占権は制度上存在するだけで、それが使われることはなかった。


「独占権とは何だ?」


「報酬額の1/100をギルドに支払えば、その依頼(クエスト)の独占権が与えられ、誰が達成してもあんたらが報酬を受け取れる……そういう仕組みだ」


「――わかった。ではこの10億インの依頼(クエスト)の独占権を、我々がもらおう。レン殿、ハナ殿、それでいいか」


「もっちろん!」


「10億インを他の連中に取られるわけにはいきませんわ!」


「あ、あんたら正気か……?」


 ギルド長は、呆れるのを通り越して、畏怖すら感じていた。この依頼(クエスト)を前に、なぜそのようなことを言えるのか。


「10億インの1/100だと、1千万インだな。紅の竜(レッドドラゴン)の討伐報酬と相殺で良いか?」


「そ、それは、俺たちにとっても渡りに船だが……」


「では、そうしよう。レン殿、ハナ殿、この依頼(クエスト)、我々で独占できたぞ」


「さっすがカリア! 交渉上手!」


「優秀な参謀が仲間に加わりましたわ!」


 レンとハナは、無邪気に喜んだ。二人に貢献出来て、カリアもちょっと嬉しくなった。


 ギルド長は、呆然とした表情で三人を見ていた。彼らは、人類が達成を望んで止まない、それでも達成できていない依頼(クエスト)を独占したのだ。


 ――依頼(クエスト)、”特別認識個体(ネームド)” 『魔王』 の討伐。


 報酬10億インの依頼書には、そう書かれていた。

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