15.冒険者の町の黄昏(中編-1)
レンとハナとカリアは、冒険者の町にたどり着いた。
「でかい! すごい! 人がたくさんいますわ!」
「人ってこんなに生きてたんだ!」
王国の町としては小規模な部類だが、レンとハナにとっては、これほど大きな町に来たのは初めてだった。細々とだが市場もあり、人通りもそれなりに多い。
「ここが人間の住む集落か……。たくさんの人間が住んでいるのだな」
カリラに至っては、3人以上の人間を一度に見るのは10年ぶりだった。
レンとハナは、ドドドドと町へ駆けだして行き、すぐに姿が見えなくなった。カリラは、少しお腹が空いていることに気付き、美味しそうな匂いが漂う市場の方へ歩いていった。
「ふむ……これは旨そうだ」
屋台にあった肉の串焼きを、カリラは手に取った。
「おい、お姉ちゃん。お金を払ってから持って行っておくれ。でもお目が高いな、そいつは極上の味だよ」
屋台のおっちゃんに声をかけられ、カリラは硬直した。
「お金……? なんだそれは……?」
カリラは山暮らしが長かったため、とんでもない世間知らずだった。
「え、いや……お金だよ? それを払うのが当然だろ?」
「……???」
カリラは困惑し、屋台のおっちゃんを斬り殺そうかと考えたその時、レンとハナがやってきた。
「あらカリア、お金のこともわからないんですの? しょうがない、私が教えてあげますわ」
ハナは、これまで人から物事を教わるばかりだったからか、教える立場になれて嬉しそうだった。ハナとレンは、カバンや服をひっくり返し小銭を探した。2イン(日本円で2円)出てきた。
「いいですか、カリア。これがお金ですの。これを、お菓子やご馳走と交換できますの。おっちゃん、このお金で串焼きをくださいまし!」
「ええ……ちょっと足りなすぎるよ。串焼き1本300インだよ?」
「え……このお金じゃ足りないのですか?」
屋台のおっちゃんが、申し訳なさそうに言う。
「2インしかないね……ぜんぜん足りないよ」
「そんな……あんまりですわ」
ハナがシクシクとグズりはじめた。つられて、レンも涙目になっていく。命の恩人の二人が涙目になっているこの状況をなんとかしようと、カリアは必至で記憶を探った。
「――思い出した。お金を稼ぐ手段がある。冒険者ギルドへ行こう」
「……冒険者ギルド?」
レンが、冒険者という言葉のかっこよさに惹かれ、顔を上げた。
「昔、父上が言っていた。冒険者ギルドの依頼を達成すれば、お金が稼げると。そこに行ってみよう」
「よし、行こう! 冒険者、楽しみだなあ!」
レンは、冒険者という言葉にウキウキしていた。
屋台のおっちゃんが、驚いた顔をしてカリアに言う。
「……あんたら、新規の冒険者なのか? いまどき珍しいなぁ。冒険者ギルドは、あそこの大通りの古い建物だよ。あんまり稼げる依頼はないかも知れないけど」
「かたじけない。ギルドでお金とやらを手に入れてから、また来る」
カリアは言い、冒険者ギルドに向かおうとした。ハナだけが、涙目で指をくわえながら、屋台の串焼きをじっと見つめていた。
「串焼き、食べたかったですわ……」
屋台のおっちゃんは、困った顔をして、頭をボリボリ掻きながら、言った。
「あーもう、わかったよ。串焼き3本、2インで売ってあげるよ。お嬢ちゃんの涙に負けた!」
「ほ、ほんとうですの!?」
ハナの表情が、パっと花が咲いたような笑顔になる。そして、タダ同然で貰った串焼きを、美味しそうに頬張った。
「極上の味ですわ!」
「……うむ。あなたのおかげで、私の恩人が笑顔になれた。心より感謝する」
カリアが、深々と頭を下げた。お金のことはよくわからないが、人の恩はカリアにとって重要なことだった。
「そんな、串焼きくらいでかしこまらなくていいよ。……あ、そうだ。もし冒険者ギルドが困ってる依頼があったら、その達成を手伝ってくれないかな? あそこのギルド長とは昔馴染みで、飲んだくれだけど、悪い奴じゃないんだ」
「――わかった。冒険者ギルドが保持している、最も困難な依頼を達成しよう」
カリアは、彼女なりに真剣で誠実な、しかし世間から見るとズレている解釈をした。
「はは、そんなに気張らなくていいよ。ただ、余力があったら助けてあげておくれ。そうしたら、また串焼きをあげるから」
「うん、また来るね! この串焼き美味しい!」
「サイコーですわ、また食べたいですわ!」
屋台のおっちゃんにお礼を言い、三人は冒険者ギルドに向かった。美味しい串焼きを頬張りながら。
――結論を言えば、三人は最終的に、最強の魔王へ命を賭けた決戦を挑む。……自分を農民だと、そして農民にも及ばない戦士だと思い込んだまま。
そしてその鍵を握るのが、この屋台のおっちゃんとの邂逅であった。