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14.冒険者の町の黄昏(前編)

書きためストックがたまってきたので、減るまでしばらく1日3話更新にします

 レンとハナの旅に、新たに女戦士カリアが加わった。赤き竜(レッドドラゴン)を倒した後、少し休憩してから、三人は山を下りようと出発した。


「それでですね、ガキ大将のジャイボスがひどいんですわ! 私とレンをいつもいじめてきますの」


 レン以外の話相手ができて、ハナは嬉しくなり、孤児寮で一緒だったジャイボスの悪口を言い続けていた。


「なるほど、ハナ殿はジャイボスを相当憎んでいるのだな。見つけたら教えてくれ、刺し違えてでも討ち取ってみせよう」


 カリアは、本気でジャイボスを殺す気でいた。カリアは人や世間の常識をほとんど知らないため、レンやハナの言葉をすべて文字通りに受け取っている。


「寮長のおばちゃんも、いっつもジャイボスの味方をしますの! 私やレンには怒ってばかりなのに!」


「わかった、ハナ殿。寮長のおばちゃんも殺そう」


「え……寮長のおばちゃんは、殺さないでほしいのですわ」


「……ん? なぜだ?」


 若干かみ合わない会話を続けつつ、三人は町へ向かっていた。


「ねえカリア、本当にこの先に町があるの?」


 お腹が空いてきたレンが、カリアに尋ねた。


「ああ、冒険者の町、という名の町があるはずだ。かなり昔だが、父上に連れられて行った記憶がある」


「冒険者の町! かっこいいね。楽しみだなぁ」


 深い森をようやく抜けると、一気に視界が開けた。遠くに、辺境の町をふたまわり大きくした規模の町が見えた。


「ありましたわ! 冒険者の町ですわ!」


「いっそげー!」


 レンとハナは、元気よく駆けだしていった。カリアも二人を追って走るが、全く追いつけない。息を切らせながら、カリアが言う。


「……今の農民は、足も速いのか」


 カリアは全身全霊で走り、なんとか二人に置いて行かれることなく、辺境の町にたどり着いた。



 ◇◇◇



 冒険者の町の大通りに、古びた二階建ての建物があった。


 そこは、酒場であり、集会所でもあるような、不思議な内装の建物だった。壁には、依頼書のようなものがいくつも貼り付けられている。人はまばらで、閑散としていた。


 ここは、この国唯一の冒険者ギルドだった。


「まったく、シケた依頼(クエスト)しか来ねぇなぁ」


 冒険者ギルドのギルド長が、酒瓶をあおりながらつぶやく。歳は50手前で、粗野な見た目に立派な口ひげをたくわえていた。ギルド長は冒険者ギルド唯一の職員で、酒場のマスターとギルドの受付も兼務している。


「……昔は良かったのによぉ」


 最近のギルド長の口癖だった。


 今は廃れかけているが、昔は国全体で100万人の冒険者がいると言われていた。ある程度の規模の町には、必ず冒険者ギルドがあり、多くの冒険者でにぎわっていた。


 冒険者とは、極論を言えば、使い捨てがきく肉体労働者である。土木工事や害獣駆除から、国家間の戦争まで、腕っぷしと頭数が必要な必要なところへ送り込まれていった。ほとんどの冒険者は、学も技能もなく、力仕事だけが取り柄の連中だった。


 しかし冒険者には、ロマンがあった。高額の依頼(クエスト)を成功させ財を成すものや、貧しい人々からの依頼(クエスト)をこなし尊敬を集めるものもいた。どうしようもない連中が、明日何かが起きて自分の人生を変えられるかもしれないという、夢を見れるのが冒険者だった。


 ギルド長も、昔は生粋の冒険者だった。いつか大きなことを成し遂げてやるという夢を見ながら、仲間とギルドの酒場で飲む酒が本当に好きだった。当時は、大量の依頼(クエスト)がギルドに舞い込み、昼も夜もギルドはかなり混雑していた。


 その状況が一変したのは、魔王勢力の侵攻が激化してからだ。人類に、気まぐれで夢見がちな肉体労働者を遊ばせておく余裕はなくなり、多くの町で冒険者ギルドが廃止され、冒険者は民兵や土木労働者として国家に組み込まれていった。


 この町は、冒険者の町と呼ばれているように、冒険者ギルド発祥の地だった。だから、唯一ここだけは冒険者ギルドの存在が見逃されている。ギルド長は、意地でこのギルドの経営を続けていた。


「よ、旦那。今日も元気そうだな。儲けられそうな依頼(クエスト)はあるかい?」


 古参の冒険者が、仕事を探しにやってきた。いつも通り、古ぼけてくたびれた格好をしている。


「おう、相棒。いい依頼(クエスト)があるぜ。"特別認識個体(ネームド)"黒き魔術師(ラフロイナ)の討伐依頼だ。家族を殺された遺族からの依頼で、成功すれば、ひと財産築けるぜ」


「おいおい、依頼主には同情するが、そいつは”壁紙”送りの依頼(クエスト)だろ?」


 ――”壁紙”。難易度が高すぎて長年達成されない依頼(クエスト)の総称だ。”壁紙”と呼ばれる依頼書は、ギルドの奥にまとめて貼られている。どれも10年以上達成されずに貼られ続けられていて、壁のくすみと色が同化していた。


「ギルド長の旦那、長い付き合いだろう? 魔物やら、”特別認識個体(ネームド)”やらの討伐依頼はよくあるが、こんなん達成されたの見たことないぜ。俺でもできるのを頼むよ」


「じゃあ、この水路の清掃だな。要するに、ドブさらいだ。夕方まで働いて3000イン(日本円で3000円)。それが嫌なら、黒き魔術師(ラフロイナ)を討伐してくれ」


「――ケッ。しけてやがんなぁ。わかったよ、このベテラン冒険者様が、ドブさらいを承るぜ」


 古参の冒険者が、立てた親指を自身へ向けた。それは、この依頼(クエスト)は自分が引き受けるというサインだった。


「おう、ウチの信用に関わるから、真面目にやってくれよ」


 冒険者の町には、30人ほどの冒険者がいる。この国で最後の冒険者達だ。誰もかれも、冒険者以外の仕事ができないような、学も能もない中年の男ばかりだ。町の人々はお情けで、そんな連中にもできるような仕事をギルドに投げてくれる。


 古参の冒険者を見送ると、ギルド長はドブさらいの受注事務を手早くこなし、また酒瓶をあおりはじめた。今日の受注は、この古参の冒険者が最後だろう。あとは、”特別認識個体(ネームド)”なり凶悪な魔物なりの討伐依頼しか入ってきていない。犠牲者の遺族の想いが詰まった依頼(クエスト)だが、王国でも解決できないことを、こんな場末のギルドが解決できるわけがなかった。


 ギルド長は、受付の椅子に座りながら、ウトウトし始めた。今日は、良い夢を見れるだろうか。あの、冒険者黄金時代の夢を。


 このギルドは、ギルド長にとっての、過ぎ去りし時代への黄昏の揺り籠だった。かつて夢見た時代を、まどろみ夢見ながら、混濁の中へ潜っていく。これを繰り返し、いつか死ぬのだろう。ギルド長は、そう思いながら、目を閉じた。

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