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13.女戦士カリアの覚悟(後編)

 レンとハナは、かつて神託だったラクガキのなれの果てに描かれた模様に形が似ている、大きな木へ向かって深山を進んでいた。


「ハナ、あれ人じゃないかな? 小動物を退治してるみたいだよ」


 二人は、離れた台地で、人と魔物が戦っているのを発見した。紅の竜(レッドドラゴン)と戦う女戦士カリアの姿である。


「あれは小動物よりちょっぴりだけ強そうですわ。もしかしたら、中動物かもしれません」


「そっか、中動物か。でも、中動物相手にあんなに傷だらけになるなんて、かよわい女の子なのかな?」


 カリアは、右腕が千切れ、腹を食い破られ、足元に血だまりを広げていた。


「レン、かよわい女の子は助けてあげなきゃいけませんわ。中動物をやっつけましょう」


「うん、そうだね。ハナ、あとからついてきて」


 レンは、カリアのいる台地へ向かって、小刻みに跳躍を繰り返し、高速で移動した。


 レンの目算では、決着までに間に合うと思えた。カリアがやられる前に中動物を倒し、ハナが女の子を治癒すれば万事解決だ。


 しかし、予想外のことが起きた。中動物とカリアは、レンの想像を超えた速度で動き、そして女の子が中動物に噛まれようとしていた。


「――あ、まずい。間に合わない」


 レンは、右足を本気で踏みしめた。足が地面にめり込み、大地には亀裂が走った。足の関節が爆ぜ、骨が砕かれ筋肉に突き刺さる。その代償を経て、レンは、人外の速度で飛び出していった。


聖剣(エクスカリバー)!」


 飛翔し、カリアと中動物の間をすり抜ける刹那、レンは中動物の首を両断した。その勢いのまま近くの大木に激突し、右腕と右脇腹の骨が粉々になった。大木は、レンがぶつかった衝撃でへし折れた。


「いたたた……今回はちょっぴり無理しちゃったかな」


 レンはうずくまるカリアに近づいていった。中動物ごときに苦戦するようだから、かよわい女の子だろうとレンと思っていたが、カリアはレンより年上そうだった。むしろ、レンより背が高く、筋肉もついてそうだ。


「いやー、ちょっと焦ったけど、なんとか間に合ったかな? 僕はレン、君は?」


 カリアは、ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。傍らには、レンが両断した紅の竜(レッドドラゴン)の首が転がっている。そして少しの間をおいて、言った。


「……私は、カリアだ。レン殿、あなたが助けてくれたのか?」


 カリアは、思わず少年に質問した。あんなにも強大だった、紅の竜(レッドドラゴン)は討伐された。この、ちょっと間の抜けた農家の子にしか見えない少年が、紅の竜(レッドドラゴン)を倒したというのか。


「助けたっていうか……こんな動物に、カリアがやられそうになってたから、思わずやっつけにきただけだよ」


「思わずやっつけた、か……。レン殿は、高名な戦士なのか?」


「そんなまさか! ただの農民だよ!」


「農民――!」


 カリアは衝撃を受けた。自分が山に籠って修行をしている間に、世間は大きく変わったらしい。ただの農民が、たやすく"特別認識個体(ネームド)"を討伐できるほどに。いったい、世間ではどんな修行が行われていたのだろうか。


「……驚いたな。ありがとう、レン殿。最期に、武の高みを垣間見ることができた」


「――最期?」


 カリアは、かすかに頷いた。カリアの出血は止まっておらず、意識は途切れそうであり、命の終わりが近づいていた。


 傍らに、紅の竜(レッドドラゴン)の首が転がっている。その目は、自分を見つめているように見えた。この、誇りある魔物の亡骸へ、無様な死は見せられない。カリアは、長剣を自身の首筋にあてがった。


「……ありがとう、レン殿。君が倒した怪物は、私の父の仇だった。この恩は、死んでも忘れない」


 言って、カリアは長剣で首を引き切った。首筋から、血が吹き出ていく。尊敬できる相手と、死力を尽くして戦えた。父の仇が討たれるところも見られた。なにより、戦士として生ききった。後悔はない。


 カリアの意識が、途切れようとしたその時――


治癒(パーフェクトヒール)


 カリアの体が、たちまち治癒されていく。千切れたはずの左腕も元にもどっている。


「腕もちゃんと生えてきましたわね? これで元通りですわ!」


 レンを追いかけてきたハナがニコニコと言う。カリアの体から、紅の竜(レッドドラゴン)と戦って負った傷がすべて消えていた。


「……これは、治癒の奇跡? 君は高名な魔術師なのか? いや、あるいは聖女……?」


「ただの農民ですわ!」


「なるほど、今や農民でもこんな奇跡が起こせるようになったのか。全く知らなかった」


 カリアの知らない間に、世間の農民は超常の力を手に入れたようだ。今の農民は、勇者や聖女のような力を持つのが普通になっているのだろう。


 とにかく、少年と少女が農民だろうと、自分は二人に助けられたのだと、カリアは思った。ならば、それに報いる必要がある。カリアは、片膝をつき、深く頭を下げた。


「心から、感謝する。二人に救われたこの命、どうか好きに使っていただきたい」


 カリアは、幼少期から父とふたりで山に籠り、父が亡くなってからはひとりで山で鍛錬を続けていた。いわば、社会にほとんど関わらずに生きてきた。だから、人や世間の常識を、レンやハナ以上に知らない。


「農民の足元にも及ばない私だが、できる限りのことをして、恩に報いるつもりだ」


 ――言い換えれば、超弩級の、空前絶後の、世間知らずだった。


「じゃあ、僕とハナと一緒に、神託を届ける旅をする? 中動物にやられるような、かよわいカリアをひとりで置いてけないし」


「たしかに、レンとの二人旅も飽きてきましたわ。一緒に来て欲しいのですわ!」


「――わかった、レン殿、ハナ殿。二人の目的を果たすため、微力を尽くそう」


 こうして、レンとハナの謎の旅に、謎の仲間が加わった。"特別認識個体(ネームド)"と単騎で渡り合える力を持った、平時であれば人類の英雄と呼ばれていたであろう、世間知らずの女戦士が。

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