10.それはまるで、聖女のような(後編-2)
レンとハナの謎の高潔さに心を打たれたヘオイヤは、二人に質問した。
「……お二人は、これからどうされるのですか?」
ヘオイヤは、神話から飛び出してきたようなこの二人が、何を成そうとするのか知りたかった。
レンが、少し遠くを見つめながら、言った。
「――女神の神託を、とある人へ届けに」
「――っ! 女神の神託……!」
嘘くさいまでの英雄譚だった。本来であれば、頭の悪い子供の勘違いかと思ったであろう。しかし、勇者や聖女と比肩する奇跡を起こした二人が言うのだ。ヘオイヤは心の奥底からそれを信じた。
「そうそう、この神託を届けるのですわ」
ハナが、神託と名付けられた単なるラクガキが書かれた紙片を取り出して広げた。広げる過程で、芋のカスがついて紙片はベチョベチョになった。
「えっ何これ……? な、なるほど、難解ですね……」
宗教と軍事の素養があるヘオイヤにも、神託の内容はさっぱりわからなかった。ラクガキにしか見えない。
「ヘオイヤさんー! この肉、どこへ運べばいい? 食糧庫にはもう入らないな」
解体作業をしている人間が、ヘオイヤへ声をかけた。
「……おっと、ちょっと私は、食料の保管場所の指示を出してきます。とにかく、お二人はこの町の恩人です。ゆっくりと休んでください。食べ物がなくなったら、すぐに近くの人へ声をかけてくださいね」
ヘオイヤが物見やぐらを降り、肉の解体現場へ向かった。
ヘオイヤが遠くへ離れたのを確認してから、レンが言う。
「……ハナ、もうこの町を出ようか」
「あら、どうしてですの? ここにいれば芋が食べ放題ですの」
「小動物をやっつけたくらいで、こんなに歓迎されるなんておかしくない? ――きっと、芋代で、すごい大金を出せと言われると思う」
レンが、真剣な顔をして言った。
「たしかに、ガキ大将のジャイボスが、お前らは騙されやすいから詐欺に気をつけろと言ってましたわ……! お金これで足りるかしら?」
ハナが、荷物や服をひっくり返して小銭をかき集めた。5イン(日本円で5円)だった。馬車のおじちゃんに会った時は7インあったが、そこから2イン失くしていた。
「足りると思うけど、万が一を考えた方がいいと思う。すぐ町を出よう」
「……そうね、仕方がありませんわ」
こうしてレンとハナは、余った芋をカバンにギュウギュウに詰め込み、こっそり物見やぐらを降りて、小走りと早歩きの間の速度で町を出た。日が暮れようとしている。
ーーー
ヘオイヤが物見やぐらに戻ると、レンとハナは姿を消していた。町中を探しても、見つからなかった。
「……なるほど、女神の神託を届け、世界を救うために、少しも無駄な時間はないということですね。自身の休息の時間も惜しみ、旅に出るのですね」
もはやヘオイヤは、二人の行動をすべて肯定する思考回路になっていた。
「――王都に伝令! 伝書鳩の準備を! 以下、記録をお願いします!」
この希望を、人類に伝える義務がある。ヘオイヤは、そう思った。この、魔王勢力に敗北を重ね絶望にまみれた人類社会に、燦然と降り立った希望を。
「――辺境の町、魔王勢力を打ち破り防衛に成功! 少年と少女の力により、"特別認識個体"巨大熊を撃破! ……少年と少女は、超常の力と高潔な精神を持ち、古の勇者と聖女に非常に似ている。二人は、神託と呼ぶものを携えどこかへ出発。おそらく神託は、人類の勝利のために必要不可欠な、極めて重要な情報だと思われる……!」
民兵がヘオイヤの言葉を紙片に記録した。そして、王都へ向け、数匹の伝書鳩が飛んで行った。ヘオイヤは、自分の使命を果たしたとホッと息をついた。
ふと、物見やぐらを見渡すと、あるものが目に入った。
「……ん?」
ヘオイヤが、物見やぐらの隅で、芋の食べかすにまみれて落ちていたものを拾った。指先でつまんだそれは、最近見たあるものによく似ていた。
「……あれ? これは――」
それは、ハナが忘れていった、芋のカスだらけでもはやゴミにしか見えない、神託と名付けられたラクガキの書かれた、ただの紙片だった。
ーーー
夕暮れ特有の、爽やかで落ち着いた森の香りがする。辺境の町の方からは、肉を解体する人たちの声が聞こえる。空は、少し星が出始めていて、昼と夜が入れ替わろうとしている最中だった。頭上を、鳩が数匹飛んで行った。
「――よし、行こうかハナ!」
「はい、レン! ――女神の神託を届けに!」
こうしてお腹いっぱいになった二人は、元気よく次の目的地へ向かって歩き出した。
――どこに向かっているのか、何をしようとしているのか、誰も知らない。二人も知らない。