#03
リンゴはソーダ・ユー・シャフトに足を踏み入れた。
鉱山というだけにドワーフの姿がとても多い。階段を降りたすぐそばにひと仕事を終えた雰囲気のドワーフが立ってたので、リンゴは声をかけた。
「さっきお姫様っぽい人と騎士っぽい人がこっちに来たと思うんだけど知ってるかや?」
「おー。その二人ならさっき奥の魔物の巣窟の方に走って行ったぞ。知り合いかい?」
「うーん。知り合いじゃないんだけど、なんか面白そうなイベントが発生しそうだなと思って追いかけてきたんだっちゃ」
「ほう、そうかそうか。お嬢ちゃんは見るからにピッカピカの冒険者じゃなぁ。そりゃイベントも楽しみだろうな。まぁ、魔物の巣窟は低レベル向けだけど、油断せず頑張れよ。俺は馴染みの女に会いに行ってくるわ。ガッハッハ」
「あんがとね、おっちゃん」
リンゴが礼を言って立ち去ろうとしたとき、着信音が鳴った。目の前にレクチエからのフレンドチャット着信と表示された。
「レクチエー!久しぶりー!!」
「ほんのちょっと前にわかれたばかりじゃないですか。もう。心配してるんですから」
「ゴメンゴメン、なんかゲームが楽しくて、テンション上がっちゃってて。ところでみんなと合流できた?」
「水花さんと夏季さんとは会いましたけど、とりあえず私だけあなたを追いかけてますの。いまどの辺にいるのですか?」
ゲーム内とはいえ、走ってるせいでレクチエは少し息切れしている風だった。
「えーっとね。今いるのはソーダ・ユー・シャフトってところ。」
「ゴールド・マインの中ですね。そこで少しだけ待ってて下さる?」
「それは無理っちゃ。さっきの二人、魔物の巣窟の方に行っちゃったみたいだから、すぐ追いかけないと」
「あ。ちょっ……」
話もそぞろにリンゴはフレンドチャットを切断して再び走り始めた。
しばらく進むと「前方左側の坑道が魔物の巣窟です」と親切にナビゲーションの声が流れた。
「ナビ、助かるぅ」
リンゴは腰の剣を抜いて左へ曲がった。さっきまでの坑道と比べて少しだけ薄暗いのは気のせいではなく、ゲームとしての演出なのだろう。坑道自体は8人パーティーでも充分に戦える道幅と高さが確保されているので、その辺はゲーム的な脚色が感じられた。
少し進むと岩石ゴブリンが現れた。
「さっきは手こずったけど、今度はレベルも上がってるから楽勝のはずっ!」
そう言いながらリンゴが剣を振り下ろした。
「カッキーン」とまたもや手応えが感じられない音が坑道内にこだました。カッキーン、カッキーン、カッキーン……。それと同時に、振り下ろした剣が跳ね返された。
「くー、またかぁ」
結局今回も何度も剣を振り下ろすことになった。最初の遭遇の時と比べるととどめの一撃を加えるまでの回数は減ったが、倒しにくい事には変わらなかった。
「さっきは1回の戦闘でレベルが上がったけど、さすがに今度は上がんないかぁ。ちぇっ」
文句を言いながらリンゴが先に進もうとすると、前方の薄暗がりから複数の敵の気配がしてきた。
「わっ。このゲーム、気配とかも感じられるんだ……」
と少し驚いた。そして、近づくにつれ敵の姿がはっきり見えて更に驚いた。
「わっ、わっ。岩石ゴブリンがたくさんいる!!」姿を現したのは5体の岩石ゴブリンだった。どうやら先ほどの戦闘の音を聞きつけて複数の敵を呼び寄せてしまったらしい。
リンゴは逃げるか迷ったが、レベルが2に上がったときにスキルを習得していた亊を思い出した。
「やっぱり新しいスキルは試さんとね」
リンゴは敵が剣の間合いに入ってくるのをじっと待つことにした。気持ちがはやっているせいか、思いのほか敵が近づいてくるのが遅く感じる。
「あと3メートル、あと1メートル、あと50cm。まだだ……」自分に言い聞かせながらギリギリまで引きつける。
「よし!」心の中でそう叫び、リンゴはスキルを発動した。
「風の一閃!」
剣を水平に振り抜くと鋭い刃の軌跡が輝いた。その刹那、目の前にいた岩石ゴブリンの身体が宙を舞い、その姿はエフェクトと共に消え去った。
「うわぁー!すごい!さっき何回もカキンカキンしたのはなんだったんだろう♪」
喜んでいるのもつかの間、前方からまた岩石ゴブリン5体が現れた。
「お。また来たっちゃ!なんか身体も軽い感じがするし♪」
「風の一閃は敵の攻撃を避けやすくなるバフ効果が30秒付与されます」というナビの声が聞こえた。
「それってめちゃめちゃお得な特技っちゃなぁ。じゃぁー」
そう言いながら、リンゴは石オノを振りかぶりながら近づいてくる岩石ゴブリンの方へダッシュした。岩石ゴブリンがブンブンと石オノを振り回してくるが、5体の攻撃全てをかわして敵の背後に回る。
「避けるのめっちゃ楽ちんっちゃ。いいね、これ!!」
そう言いながら、リンゴは振り向きざまに
「風の一閃!」
スキルを発動した……はずだった……。
「AP不足!!」というアラートが点滅しながら表示され、それと同時に身体の軽さも消えた。
「わわわ!AP不足、それとバフも切れたっぽい……これは逃げた方が良さげな……」
しかし、振り返るとそこには無情にも岩の壁が。なにも考えずに敵の背後を取った結果、リンゴは自分から袋小路に追い込まれていた。