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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女と方士の着道楽始め

作者: ふにょ

集まる。

世界から微量の粒が震え、動きだす。

それらはひとつのところへと集まり凝る。


さらさら、さらさら

さらさら、さらさら


巨木の樹立する暗い森。決して人の踏み入れぬ場所。そんな深い森の奥において、わずかに開けたその場所に粒は流れてきた。

ゆっくりと時間をかけて集まった粒は、少しずつ形を成してゆく。

粒子は黒い塊になり、表面の波打つさまは粘度のある液体にも見える。

やがて塊は縦に伸び、そこから四本の枝を伸ばし、さらに細部を細かく分け……


人の形と成った。


細く長い指。広いがうすべったい手のひら。

しゅっと締まった足首から脛はまっすぐに丸い膝まで伸び、程よく張り出した前腿の筋肉。

薄く割れた腹に慎ましく鎮座する臍。

首は長く控えめに隆起する喉仏。影をつくる鎖骨の窪み。

細く尖った顎と、つるりとすべらかな頬の丸み。

低くも高くもないが筋の通った鼻梁。

肌は浅黒く、よく磨かれた木肌のように艶々としている。耳殻は少し細長く広い。


この世界で、ダークエルフと呼ばれる種のような形をしている。


突然この世に現れたその人形(ひとがた)は、光を弾く黒檀のような睫毛を震わせた。少しずつ目蓋が開く。

そのなかから現れるのは、蜜を煮凝らせたような黄金色。


二度三度とまばたきを繰り返し、その人形はニィっと唇を吊り上げる。

黄金は、そこに居た男を映した。

年月を経た岩のような不動の存在感をもつ、諸々が太くがっしりとした大男。灰にも見える濃い銀髪に、宵へ向かう藍の瞳が美しい。誰もが美形だと口を揃えるだろう、整った顔立ちのその男は、むっつりと唇を引き結んでいた。


「なんとまあ、産まれて初めてこの目に映せるものが驚愕の男前とは。眼福眼福。此度の生は幸先が良さそうだ」


現界した空中から地へ足を着けると、肩を滑る黒髪を手で払い人形は破顔した。

それを受けた男は、眉間の皺をこれでもかというほどに深めたのである。


「抜かせ。待ちわびたぞ魔女」

「おや、待っててくれたのか。なるほど、寂しかったか朔方士」


朔方士は抱えていた布を投げつけた。ふふんと笑う魔女は現界したばかりで衣服を着けていない。

別に寒さ暑さで魔女が病を得るわけではないが、人の世の野で素っ裸は忌避される。


「応。てめえが居らぬと相手になるものがおらん」

「そ、そうか」


軽口にまともな応えを渡されて、顕現したばかりの魔女は戸惑った。

こんなに心情を素直に明かす男であったかと。

少しばかりぽかんとしていると、「百年待った」と拗ねたように聞こえることを方士が言う。


「ん、少し間が開いたか」


はて、と魔女が首を傾げる。そういえば朔方士とつるむようになってから、顕現する周期は長くても十年ぐらいだったか。


「とても」

「ん?」

「ズイブントナガクオヤスミデシタネ」


方士の目には生気が無い。どんよりと暗く濁っていて、魔女はそれにたじろいだ。そんなに膿むほどのことだろうか。


「百年だぞ。そなたにも私にもさほどの年月ではなかろう」

「てめえと共にならな。ひとりに百年は長い」

「そなた、どうしたっ?! そんなこと言うやつでは無かったろ??」

「孤独が人を変えるんだよ」

「は? はぁああ~?」

「まあそれはいい。もう顕現したからな。さっさと人里に出るぞ、服を編め」

「釈然とせんのだが……。まあ良いか。ん、記憶を寄越せ。当世の衣服を見せろ」


魔女が方士に手を伸ばす。方士が身を屈め顔を寄せた。額と額を合わせる。

人肌の温もりにふ、と魔女が微笑む。なんだと方士が鼻を鳴らす。

何でも無いと嘯くのに、早くしろと噛みつかれた。

この百年(ももとせ)の人の世が、方士の記憶を通し魔女に流れ込む。


「ほほう。ずいぶんと流行りが地味になったな」


人の世の主流である大帝国の風俗を中心に見ていたが、魔女が最後を過ごした時代と打って変わっていた。華美絢爛な刺繍が流行っていた百年前と違い、当世は飾り気の無いすっきりとした服装が好まれているらしい。色味も少ない。


「大戦が二度あったからな。民はのんびり刺繍などしている暇はなくなった。老いも若きも戦の痕を何とか補修しようと働き詰めだ」

「ふむ。青の大陸と赤の大陸とか。やはり戦になったか」

「応。てめえが予見したとおりな。はじめは青の大陸のなかの小競り合いだったが、赤の方の国が首を突っ込んで来やがって、あとはもうわやくちゃよ。まあ何とか赤を押し返して立て直したが、国力は全盛期の半分もねえ」

「ふん、では赤の帝国は瓦解したか」

「ああ。民に打ち倒されたな」

「はは、赤の大陸の民は気性が激しいからな」


魔女は襟の無い上着と丸首の中着を選んで編み出した。下衣は緩くストンとした形のものを選ぶ。

上着は濃い灰色、中着は生成。下衣は黒にする。

実に地味であるが、本来自分の着るものにさほど頓着しない魔女は気にならなかった。編成のできばえの方がよほど気になる。

顕現して初めての魔術構成だ。

ためつすがめつ己を見て、まあ良いだろうと頷いた。


「ふむ。こんなものか」

「つまんねぇな」


すかさずケチをつけられて、魔女は歯を剥いた。


「やかましい。当世風だろう。最先端だぞ。着た切り雀の方士殿とは違いまして、わたしは流行を身に纏っておりますぅ」


つまらないとは随分な物言いではないか。魔女はプンスコする。

常に道衣の方士に、衣服のことについてくさされるのは納得いかない。

本当に魔女が散る前と姿が何一つ変わっていない。大した時間の差ではないとは言ったが、それでも百年の歳月があったのだから、多少の変化があってもいいものなのだが。髪が伸びるとか。

だが方士が言っているのはそういうことでは無かったのだ。


「ちげぇ。おまえはもっと色のあるもんが似合う。そうだな、貝染の紫とかいいな。よし、緑の群島か白の大陸に行くか」

「ほんとにどうしたんだそなたは! 前はそんなこと言わなかった!! 言わなかったろう!!」

「言わなかっただけだ。それに前はバチバチに刺繍入ったもん着てたろうが。あれは似合ってたからな」

「そう思ってたのか?? なら褒め称えるべきだろう! それこそ口に出して!!」

「前は女だったろうが」

「女性の方こそ褒め称えやすいものではないのか?!」

「方士が女口説いてたら問題あるだろうが」


方術士には、流派にも寄るが禁色の戒律がある。


「む、そうか? いや、でも似合ってるとか綺麗だとかぐらいは口説いているうちに入らんのでは」

「こっちは挨拶のつもりでも、そう受け取らねえやつもいるだろ。後に続く者が居る限りはな。先に行く者のやったことが残って風評被害が後進に及ぶのはかわいそうってもんだ」

「そなたはそういうところ真面目だよな」

「そうか? 先達としては当然だろ」

「魔女は単体が基本だからなぁ。他者に及ぶ評価とか気にしたことないな」

「評価は、まあ俺も気にはせんが。女と親しげにすると、方術士全体が戒律を破ってるかのように言ってくる人間が面倒臭い」

「もう道衣やめたら良いのでは。そなたは昇仙したのだから、仙人であって方術士では無いだろう」

「道衣は流行り廃りがねえからなぁ」


自分が着替えるのは面倒臭いと匂わされて、魔女は思わず

「そなたはせっかく男振りが良いのだから、もう少し着飾っても良いではないか。私がつまらん」と今まで言うつもりのなかった不満を口にしてしまった。

すると方士がにたりと笑う。


「そうだろう。相方がつまんねぇ格好してっとがっかりするよなぁ」

「違う! 私のことではない! そなたのことだっ」

「同じだっつーの。似合うもん着せてぇだろうが」


こやつは危険だ。今までなぜ気が付かなかったのだ。魔女は頭を抱えた。

まさか本当に百年の孤独がこの男の有り様を変えてしまったのか?

だとしたらそれは私のせいなのか……?


「うう、口が滑った……。そなたが変に素直だから私までつられたではないかぁ」

「よしよし、じゃあお互い着せてぇもん着せるとしようぜ。そうと決まりゃあ栄えてるとこ行くか。魔女よ、てめぇは白の大陸と緑の群島どっちがいい? あー、朱の皇国もいいな。黒の大陸も悪くはねえが、あっちの衣は重てえからな。俺はヒラヒラしたの着たとこ見てえんだよ」


何がじゃあなんだ、と思わなくもないが方士の提案には魔女の秘かな願望に訴えるものがあった。

なんとなれば、魔女にも方士が着たら似合うだろうなぁと思い描いていた衣装があったのだ。


「む、黒の大陸ならそなたのが似合いそうだな。だが、そうだな。ふむ、白の大陸に行くとしようか。あちらには二千年ばかり赴いてないからな」

「おっし。決まりな。ほんじゃまずは青の帝都に出るか。それではお手をどうぞ、追憶と追撃の魔女殿」

「よろしい。エスコートを許そう、朔方士殿」


長年秘めていたお互いの思惑が明らかになって、今生の方針が決まったわけである。

諸々バレてしまったからには、妥協せずに趣味全開押し付けようと魔女が誓う。

そしてその魔女を待ちわびた方士は自重というものを捨てて久しく、魔女が考えているよりもはるかに面倒臭い執着を見せるのだか、それは今の手を取り合う二人には余計な話と言うもの。


魔女と方士の着道楽道中の始まりである。










追憶と追撃の魔女

膨大な知識庫を持ち、物に留まる記憶を読むことができる万象の解読者である。基本的に過去の記憶、記録にしかアクセス出来ないが、それらの情報から組み立てる推論により、未來予見の真似事は出来る。

追撃とは、過去に見せた敵対者への完膚なきな対応からついた二つ名。たいへん性格が悪いと伝説になる。

輪廻転生の不死者であり、肉体的に死んでも時が経つと復活する。

性別や身体的特徴、種族などはランダム。肉体年齢は10ぐらいから20ぐらいで顕現することが多い。


朔方士

仙人となった偉丈夫。濃い灰色にも見える銀髪に深い藍色の瞳。

人であった時はどこぞの高貴なる身分の者であったらしいが、詳しい伝承は残っておらず諸説ある。本人も忘れている模様。

優れた方術使いで昇仙の果て、人の輪廻を外れたため世界の現象の一部のようなもの。脈にアクセスすることで何処にでも行ける。場所だけでなく、過去や未來に行くことも可能。

追憶とはあるときから相棒のような関係になる。追憶が現界しているときは常に一緒にいる。

朔方士が「魔女」と呼ぶのは追憶ただひとり。

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