ゴミムシとゴミムシダマシ
「不破先生!今度の作品は、逆転断罪物にしましょうよ!!」
彼女の明るい声が居間に響く。
「断罪?!悪役だった奴が逆に正義の鉄槌を下すってやつか?」
「そうです!男爵令嬢とか王太子とか皇帝とか悪役令嬢が逆転するやつですよ!」
「いや、無理だろ!お前ソレ。」
「何でですかっ!!?」
「俺を一体何だと思ってるんだ!!」
「不破たもつ(33歳)170㎝・体重66㎏・中肉中背・視力右0.1・左0.3・要眼鏡のおっさん!職業は作家!主に子供向けの児童書を何冊か出していて、小学生向けの冒険シリーズ【僕と虫がいる】はコアな虫好きに人気があります以上です!!」
「誰も俺の自己紹介しろとか言っとらんわ!」
「でも先生、俺は一体何だ?って迷走されてましたよね?」
「人を認知症みたいに言うんじゃない!コマ!!」
「そろそろ新作をだしませんかと、相談してただけなのに。」
担当の駒田は不破の鳴かず飛ばずの最近の作品に焦りを感じている。
世間でいう、流行に乗っとった話題性のある作品を不破と作れれば楽しいのではと思っていた。
しかし昨今、どんどん世に送られてヒットするのは【しがないおっさんの大冒険が最強!】や【あらやだ!いつの間にか断罪されてましたわ?!でも隣の王子様ゲットです!】などゲーミング上のモブやサブが最強で逆転断罪が流行物としてミリオンセラーとなり悪役令嬢を出せば出す程ヒットしてアニメ化になり映画化される熱狂ぶりだ、世はラノベ市場有象無象の大海賊時代の幕開けである。
「コマ・・・ライトノベルって話はどんな感じなんだ?例えば~~~」
不破はカタカタと【悪役令嬢白鳥沢麗華の華麗なる断罪】というタイトルを作ってみた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
煌びやかなシャンデリアが辺りを照らす今日は皆にとって特別な日!そう卒業パーティーであり、皆が美麗な装飾を身に着け軽やかにダンスを踊っていた、その矢先の事だった。
「今日という今日は我慢ならんぞ!白鳥沢麗華!!貴様を金輪際承知しない!芽衣子に執拗な嫌がらせを繰り返した挙句に彼女の持ち物等を破損させただろう!!」
「ええい!お前のような性根の醜い者とは婚約破棄だ!!」
フランシスは流麗なその金の髪に透き通った碧眼を持つ美丈夫だが、圧倒的な激しい怒りをこの空間にぶつけ誰もが息を呑む。
「あら?フランシス殿下、証拠はありまして?」
美しい縦ロールがフワリと靡く、白鳥沢麗華はその怜悧な瞳を開き令嬢然とした仕草でフランシスの隣にピタリとへばり付く小さな者を見た。
「ひっ!!!」
ブルブルと震える姿は誰もが庇護欲をそそる小動物を彷彿させた。
フワフワとしたピンクブロンドに、緑碧の瞳に小さなおちょぼ口は肉感的で桜色のルージュがひかれてる。
「お、お義姉様!!ごめんなさい!私、フランシス様の事が好きになってしまったの!!」
「芽衣子、あなたに聞いてはいなっくてよ?!」涼しげな目元を崩す事無く淡々と語ると横やりが入る。
「芽衣子を虐めるな!俺たちは真実の愛に目覚めたのだ!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ん~~?こんな感じでいいの!?コマ!どうなの?!」
不破は突然に洗髪する様な仕草で頭をガシガシと搔くと黒縁メガネがずれた。
「はい、こんな感じで!いかにも弛ませたキャラありきで!」パソコン画面を眺め駒田は頷く。
「証拠も揃ってないのにこんなに偉そうキャラで?!」
「王子だからいいんです!!」語気を強めて駒田が言い切る。
「卒業パーティーなのに先生も保護者も管理していないのおかしくない?!」
「王立学園は生徒達の自由を重んじる風潮だから平気なんです!!」
「自由と奔放を履き違えてない?!」どんどん設定がコマ使用に出来ていく。
「国の代表の王太子に御付きの者もいないの?国として終わってないか!?」
「先生!そんな事気にしていたら話が進みません!国よりも話がココで終わってます!」
「ううむ、時代背景とかもあやふやなんだよなぁ・・・ラノベは許されるのか?」
「そう!正に!凄く面白いが正義なんですよ!この世界は。」
駒田は少し興奮気味にまくし立てた、案外好きなジャンルなのだろうか。
不破は【面白いのが正義ってなんだ?】と気になったが、流行物とはかけ離れた題材を扱っている身として虫好きの読者や小学生が華麗なる縦ロールの令嬢に変身を遂げても付いて来てくれるのかの方が心配であった。
「コマ、俺はこの題材が自分に似合うとは思えんのだが・・・。」
「先生!食べず嫌いは勿体無いですよ!!」例えがおかしい気はするが駒田の説得力に負け、半ば流される様に取り組みパソコンの画面を眺めながら草案を不破は書き出し始めた。
不破は乗り出したら原稿が上がる迄が早く筆まめである事を担当の駒田はいつも出版社で自慢していた。
「めちゃくちゃ楽しみにしてますんで!不破先生頑張って下さいね~。」
陽気な声で駒田は不破の仕事部屋を後にした。
「な~んかコマの口車に乗せられた気がするけどまぁ・・・やるだけやってみようか。」
黒縁メガネを今頃クイッと所定の位置に戻す仕草をした。
その途端に不破は強い眠気に襲われパソコンの前で船を漕ぎだした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
煌びやかなシャンデリアが辺りを照らす今日は皆にとって特別な日!そう卒業パーティーであり、皆が美麗な装飾を身に着け軽やかにダンスを踊っていた、その矢先の事だった。
「今日という今日は我慢ならんぞ!白鳥沢麗華!!貴様を金輪際承知しない!!」
フランシスは人差し指を眼前の白鳥沢麗華に向けて声高にがなり立てた。
「お前は芽衣子に執拗な嫌がらせを繰り返した挙句に彼女の持ち物等を破損させただろう!!」
続け様に早口で喋る為唾が飛び散っている、いくら美形の王子といえども頂けない。
「ええい!!お前のような性根の醜い者とは・・・え~~~~~~?」
(何故こんな壇上の人晒しの様な場で俺は馬鹿みたいに怒鳴ってるんだ?)
と目を見開いた。
突き出した指がゆっくりと降ろされていく様にその場の空気が張り詰める。
(は?誰を糾弾しているんだ俺は・・・?)
慌てて黒縁メガネをクイッと上げる仕草をする。
「フランシス様?」
誰か俺の左腕の袖口を軽く引っ張っているやや斜め後ろを見ると、おちょぼ口の女がいた。
(誰だコイツ?)
再び慌てて黒縁メガネを直そうと眉間近くに手をやるとメガネがない。
(待て!待て!俺は目が良くない!なのに対面にいる少女がハッキリ見える!何だコレ?)
「ど・・・どうされたんですか?フランシス様?」
おちょぼ口の女は俺に向かってハッキリ言った。
(フランシスって言った!紛うことなき生粋の日本人の俺をフランシスって言った!)
明らかに挙動不審になりフランシスは手持ち無沙汰に周囲を180度眺めると周りの者もさざめき出す。
「フランシス殿下?」
急に失速した語気の無さに対面の少女さえ扇子越しに僅かばかり訝しげに声を掛けた。
(2回もフランシスって言った!!俺をフランシスって言った!)
流石の不破も今の現状が現実世界ではないと判断出来たし自分がフランシスなどでは決してない。
けれど絶望的な場面だと分かったからゆっくりと恐怖に包まれていく。
だがこの状況を打破しない限り安らぎは訪れないであろう事も把握出来たので回避を試みる事にした。
「いや・・・・え~~~~白鳥沢嬢?・・・すまない、先程は言い過ぎた!撤回する。」
「・・・。」縦ロールを揺らし少女は少し小首を傾げた。
「な、フランシス様ぁ?!」おちょぼ口の女は少し不満気に顔を上げた。
不破は資料も読み漁り今流行り物のそこら辺の知識を抜かりなく入れていた、だからと言ってまさか自分が逆断罪される首謀者になるとは未知の領域であり初心者の危うい所でもある。
(これは夢だ、これは夢だ!けど、どうやれば乗り切れるんだ?!ド修羅場ofデッドエンド)
対面する少女は美しい髪をサラリと肩になびかせ美しい所作が際立つ、どう考えてもおちょぼ口の女に勝ち目はないのにフランシスとかいう男の目はとんでもない節穴なのだろうか。
「し、白鳥沢麗華嬢さん?・・・あ、貴女は【ゴミムシとゴミムシダマシ】を知っているだろうか?!」
「・・・ゴミムシ?」口元を扇子で隠し少女は静かに答えた。
「そうだ、ゴミムシだ。」
「いいえ、存じ上げませんわ。」
「ゴミムシは塵芥と呼ばれる様な死骸を食べたり山の腐敗した物を食べたり益虫といわれて役に立つ虫なのだが見た目からしても何の変哲もない取柄もない虫だから忌み嫌われているんだ。」
「そうなのですか?」
「そうだ、その上に【ゴミムシダマシ】という虫もいるんだが・・・。」
「・・・その虫が何か?」
「ゴミムシダマシはゴミムシに全く似ていないのに【ゴミムシぶる】んだ厄介な事に。」
「まぁ・・・。」
「屋外ならそいつは良い奴なんだが【ゴミムシダマシ】は屋敷に入るとただの【穀潰し】になる。」
「あら、それは困りますね。」少女は目を少し見開き不破の話に驚いた。
「ゴミムシにはなれないのに滑稽な事だ。」
「そうなのですね、ゴミムシからしたら迷惑な話なのかも知れませんね。」
「モルフォ蝶の様に美しく、玉虫の様に煌びやかな白鳥沢麗華嬢、俺・・・いや、私は愚かにも自分はゴミムシだと思っていたがどうやら【ゴミムシダマシ】だった様だ。」
「は?一体何を言ってるんですかぁ?フランシス様ぁ?」
「黙れ!!おちょぼ口!」女は「ひっ」と声を引いて固まった。
「我ながら何が正しく、何が間違いで、自分で判断も出来ず事実と真実を履き違え、狂気の沙汰だと思っている。」
「・・・・・。」少女は不破の言葉に真摯に耳を傾けて微動だにせず見つめている。
「私が貴女に相応しくないのだと判断に至った、どうか金輪際私を承知しなくて良い!」
「私の有責にて婚約破棄をしてくれないか白鳥沢嬢。」フランシスが勢いよく頭を下げた。
王子殿下たるもの頭を下げる等あってはならない事である、周囲からのどよめく声が聞こえる。
「・・・フランシス様、それで宜しいのですか?」白鳥沢麗華の透き通った怜悧な黒い瞳が交差した。
「それが全うだと思っているよ白鳥沢嬢、【真実の愛】など瞞しに過ぎない所詮は擬きだ、何せ紛い物の【ゴミムシダマシ】だからな。」
「いやぁ!!やめて!噓よ!フランシス様は私に真実の愛だと言ってくれたじゃない!!」
おちょぼ口の女は涙を溜めて縋り付く。
「そんな万人に該当する言葉に信頼性などない!!」手を振り解きフランシスは苦い顏をした。
「君が本当にやるべきだった事は姉の婚約者を掠め盗ることではなく姉の能力を全力で真似るべきだったんだ!!」(ゴミムシダマシの様にもなれない努力もしない虚け者の末路か・・・。)
先程まで甘い言葉で語ってくれていたフランシスの豹変する姿に信じられない思いで女は後退った。
「裏取りが取れているのであろう?不貞に私は言い訳もしないし弁解もしない!」
今更である、もう壊してしまったこの場は戻らない無慈悲にも謝罪の場は過ぎてしまったのだ。
(せめて1時間前くらいならワンチャンあっただろうがもう暴走馬に乗ってる最中だったから馬ごと転落しかないだろ。)
おちょぼ口の女と揃って断罪と裁判は免れないだろう未来に絶望を感じるが、どうせ滅茶苦茶になってしまったのは仕方がないフランシスになってしまった自分は平民でも全然困らない。
(中身がバリバリの平民だが、この様な愚者にあの少女は相応しくない、正しく断罪されるべきなんだ。)
少女は後ろに控えていた護衛の者にチラりと目配せし茶色い封筒を渡してきた。
「貴方と・・・もっと早くに分かりあえていれば良かったのにと悔やまれますわ。」
(いや、無理だから別人だから。)
「白鳥沢嬢にそんな言葉を貰えるような人間ではもうない。」
(もっとギャフン展開になったらどうしようかと思ったのは否めない。)
「ここに契約書類等がございます、これに署名の上、次は法廷でお会い致しましょう。」
「了解した。」
内心凄い慰謝料請求だったらどうしようと書類を食い入るようにフランシスは読み取り出す。
「貴方は本当にフランシス様?・・・いえゴミムシ・・・ダマシでしたか?」
「いえ!!自分はゴミムシです!!」(どないやねん。)
遠くでおちょぼ口の女が蹲って泣いているのが聞こえて来た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「やだ!不破先生、昨日から居間で寝てたんですか?」
駒田の明るい声が耳元で響く。
「おぅ・・・あ?れ?んん??寝てないけども。」ふと気がつくとパソコンが付きっぱなしのまま、
時計の針は既に一回りしていた。
「ええっ?!もう話出来上がってるんですか?凄い!読んでも宜しいですか?」
駒田は嬉しそうな声でパソコン覗き込んできたが不破は仕上げた覚えがない。
「どうだろう?未だ仕上げてないんだが・・・。」居間で寝落ち等、不覚の至りである。
不破の顔にパソコンのキーボードの型がクッキリ付いていた。
「全く、ちゃんとお布団で寝て下さいね不破先生。」
駒田が何の気なしに笑うが不破はある少女を思い出した。
縦ロールで所作が美しい淑女の鑑の様な人を。
きっと一生傍にいるならあの少女でもおちょぼ口でもなく駒田の様な女性が良いなとふと思った。
「自分はゴミムシです・・・か。」
「不破先生!!!何ですか~このお話は!!!」駒田のダメ出しが炸裂しそうだ。
こんな稚拙なモノを読んで頂き有難うございます。
展開の仕方が難しい事に気付きましたあわわわ(;^ω^)