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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第四章
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第9話

「・・・詳しい話を聞かせてもらってもいいかな?」


エルザの言葉に対し、ヴィクターは表情を変えることなく言った。


「はい、殿下。結論から申し上げますと、その男性の名前は”オースティン”。私と同じ薬師で新薬の研究を行っている人物です。」


エルザは真剣な表情でヴィクターに答えた。


「なぜその男だと?」


「彼は薬で人族の魔力を活性化させる研究を行っているのですが、本日の朝、そんな彼が備蓄室にある解熱薬を手に取っていて、妙だなと思いまして。私のような毒に対する特効薬を作る研究ならともかく、彼にとって解熱薬は何の役にも立たないはずですから。」


エルザはてきぱきと理由を答えていった。


俺はエルザの研究しか知らなかったが、どうやらあの研究棟では俺の知らない様々な研究が行われているみたいだ。しかし・・・


「エルザ殿。それだけではそのオースティンという人物が犯人だとは言えないのではないでしょうか?」


俺が思った懸念をエドマンドが口にした。


「はい、私もそれだけで彼を疑っている訳ではありません。」


エルザはエドマンドの方を向いて、堂々した態度で言った。


どうやらエルザにはオースティンが犯人であるという何か確信のようなものがあるみたいだった。


「今日の夕方、タケル様から助けを求められ、急いで兵士の皆様の元に駆けつけ、治療にあたりました。全員の症状は共通して高熱であったため、私は解熱薬を取りに備蓄室へ行ったのです。しかし、その場所である違和感を感じました。」


「違和感とは何だい?」


ヴィクターはエルザに尋ねた。


「解熱薬の位置が今朝確認した時と少し変わっているように見えたのです。数に差はなかったのですが、一旦誰かが取り出して戻したような・・・記録を見ても誰かが高熱を出したということはありませんでしたし、何だか気持ち悪いような気がして。」


「それで私はその解熱薬を使わず、先日承認されたばかりの特効薬を使うことにしたのです。」


「特効薬ですか?」


エドマンドは何のことだか分からないと言った顔でエルザに尋ねた。


「はい、その薬はポイズンエイプの毒に効果があるものでして、兵士の皆様の症状からポイズンエイプの毒が使われた可能性が高いと考え使用いたしました。承認されたばかりの薬のため実績もなく、効果に不安もありましたが・・・」


エルザは説明しながら、俺の方をちらっと見て一瞬だけ微笑んだ。


・・・そうか、俺との研究の成果として、そのような特効薬が作られていたのか。俺とエルザの頑張りがここにいる多くの兵士を救ったのだと分かると、俺はうれしくなった。


「・・・なるほど。確かにその特効薬が素晴らしいものだということは分かりました。しかし、なぜそれでそのオースティンが犯人だという話になるのでしょうか?」


エドマンドは納得できないという表情で言った。確かにこれではオースティンを犯人とする確たる証拠とは言えない。


「私は特効薬を使って兵士の皆様を治療すると同時、他の薬師にお願いして備蓄室の解熱薬を調べてもらいました。その結果、その中には”デスサーペント”の毒が含まれていたことが分かりました。」


「デスサーペントだって!」


エルザの言葉を聞いたエドマンドは椅子から立ち上がり、驚きと恐怖が混ざったような顔をして言った。


「デスサーペントって何ですか?」


終始無言で話を聞いていたトミーがエドマンドに尋ねた。


「A級の凶悪なモンスターの名前だ!体は細長く、俺たち人族と大きさは変わらないが、信じられないような速さで一気に詰め寄り、獲物に食らいつく。そして嚙まれたものは、その歯に含まれた猛毒によって確実に死ぬ。出会ったら最後、もう死を覚悟しなければならないと言われるほどのモンスターなんだ!」


エドマンドは顔を真っ青にしながらトミーに答えた。


俺も名前と姿についてだけは聞いたことがあった。見た目は蛇みたいなモンスターらしいが、そこまで凶悪なモンスターだとは思わなかった。


「・・・でもそんなすごいモンスターの毒をなんでわざわざ解熱薬に入れたんでしょうか?俺が犯人なら直接料理に入れると思いますけど?」


トミーは首をひねりながら言った。


「デスサーペントの毒は効果が強いと同時に、その匂いも強烈なものだと聞いたことがあります。そのため、料理に入れたとしても料理人がそれを提供する前に異変に気がつくはずです。」


「・・・なるほどね。だから解熱薬に毒を仕込んだわけか。」


エルザの説明を聞きながら、ヴィクターは何かを察したかのように言った。


「その通りでございます。解熱薬であれば、様々な薬草が含まれているため、それ自体の匂いや味も強く、そこにデスサーペントの毒が入っていたとしても気づくことはできないしょう。さらにそれを飲むのが意識のはっきりしていない患者であれば尚更です。」


「そして、デスサーペントの毒の初期症状は”高熱”です。すでにポイズンエイプの毒で高熱が出ている兵士の皆様がデスサーペントの毒を摂取したとしても、その異変に気づくことはできないと思います。」


・・・


エルザが自身の推理を述べた後、誰もが無言になった。


一歩間違えれば、とんでもない惨状が目の前で起きていたのだ。


「つまり料理に混ぜられていた毒は、解熱薬に入っていたデスサーペントの毒を飲ませるための仕込みで、犯人の最終的な狙いは俺や兵士たちを確実に殺すことだったってことか?」


張り詰めた空気の中、俺は敬語も忘れて誰に問いかけるでもなく言った。


「・・・」


俺の問いに対し誰も答えなかったが、それが答えであることはすぐに分かった。


「確かに、今の話を聞く限りですと、オースティンという薬師が最も怪しく思われますが、備蓄室は薬師であれば、誰でも入室できるのでは?そうなると、他の薬師であっても犯行が可能だと考えられるのですが?」


エドマンドはまだオースティンが犯人だという確信を持っていないようだった。冷静で慎重であることがエドマンドの良いところであり、このような空気の中でも彼の長所が活きていた。


「本日は建国祭ということもあり、研究棟に来た薬師も多くありません。研究棟に居たのは私と他の薬師が2名、そしてオースティンだけです。それはお城の入り口にいる兵士の方に聞いてもらえれば、分かることだと思います。」


今日のような建国祭の時は、普段とは異なり、城で働いている人間に対しても兵士たちが身分や城に来た理由などの確認を取っているため、エルザの言葉に間違いがないことは明らかだった。


「私自身、いつもは自室で研究を行うのですが、今日は特効薬の効果をまとめるため、会議室に先ほどの2名の薬師とずっと籠っていました。なので私を含め、その2名の薬師も厨房などに行く時間はなく犯人ではありません。」


「しかし、オースティンは今朝備蓄室で見かけて以来、研究棟では全く見ておりません。そして現在、私を除いて、解熱薬の解析を行ってくれたその2名の薬師は今も研究棟に居ますが、オースティンだけの所在が分からないのです。」


「・・・エドマンド、至急、街全体の捜索を行うとともに城門付近の警備を固めてくれ。必ずオースティンを見つけるんだ。」


エルザが話を話し終えると同時に、ヴィクターは目先を鋭くさせながらエドマンドに言った。


「は、ただちに!」


エドマンドはヴィクターに一礼すると、すぐに部屋を飛び出していった。


「僕もこれで失礼するよ。王にこのことを報告しなければならないからね。」


ヴィクターは何か恐怖を感じるような雰囲気を醸し出しながら部屋を出ていった。


何だか訳が分からない内にとんでもないことが起きてしまったみたいだ。


一歩間違えれば、俺も死んでいたのかもしれない。そのことを今になって頭が理解し始めたためか、俺は体中に鳥肌が立つような感覚を覚えた。

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