第5話
「おお、これはユリウス殿!お待ちしておりましたぞ。」
会場に入ってきた男に対し、貴族の一人がうれしそうに声を掛けた。
男はユリウスと呼ばれていた。神父のような格好から教会関係者だということは分かった。
会場の誰もがユリウスに注目し、彼の話をし始めていた。
遅れてここに来たから目立っているというだけではない。ユリウスという個人に多くの人間が興味を持っているように見えた。
「おいトミー、あの人は?」
「ああ、あの人は神父ユリウス。見ての通り、アウストリア派シデクス教徒であり、メーテナ教会の神父様だ。」
「それでもってこの会場で覚えておかなきゃいけない人物の最後の一人だよ。」
トミーは何か面白くなさそうな顔をしながらユリウスを見て言った。
俺はユリウスの顔を見て、トミーの表情の意味を理解した。
ユリウスは男の俺から見てもかなりの美形だった。モデルのようなスラッとした長身に、奇麗なストレートの黒髪を肩の近くまで伸ばしていた。
まるで俺のいた世界の俳優かアイドルみたいだった。そう考えているのは俺だけではないみたいで、会場にいる女性たちのほとんどがユリウスに見惚れているように見えた。
「もしかしてトミー、あの人は美形だから注意しろとか言うんじゃないだろうな?」
俺は半分本気でトミーに尋ねた。トミーは昔から美形の男を目の敵にしている節があり、そのためか、同じ兵団にいる美形のリックともうまくいっていなかった。
「馬鹿!そんなわけないだろ!ユリウスに注意しないといけないのにはちゃんと理由がある。それも先に説明した2人に関連していることだ。」
外務大臣ライナスと水王オルズベックに関連する理由・・・そういうことか。ここまでトミーの説明を聞いていれば、その理由はすぐに分かった。
「つまりトミーの言いたいことっていうのは、ライナスは陛下にオルズベックを近づけようと画策している一方で、それを阻止しようとしているのが教会であり、その代表があのユリウスとかいう男だってことだろ?」
「まあ阻止まで考えているかは分からないけど、少なくとも水王が今この場にいることすら、教会側にとって面白いことではないだろうな。何かここで事を起こすとはとても考えられないが、一応注意しておく必要がある男だということは間違いないはずさ。」
トミーは頭をポリポリとかきながら、少し面倒くさそうに答えた。
トミーの気持ちも分からないでもない。教会関係者がこのパーティーに参加したことなんて今まで一度もなかったからだ。
「しかし、何で今年に限って教会の人間はパーティーに参加してきたんだ?」
「・・・あまり大きな声で言えないが、貴族の中には教会の信奉者もかなりいて、その中の一人が無理やりパーティーの参加者にユリウスをねじ込んだって話さ。教会だけでなく貴族の中にもトランテ王国の共生派や水王の力が大きくなるのを阻止したいと考える人間がいるってことだな。」
トミーは小さな声で俺にだけ聞こえるように言った。
「まあそういう事情ならどうしようもないけど・・・ところで何で教会の代表がユリウスなんだよ?あの人はまだ若そうだし、もっと偉い人が来てもおかしくはないと思うんだけど。」
俺はふと疑問に思ったことをトミーに尋ねた。
教会での階級や序列がどういったものなのかは分からないが、ユリウスはどう見ても二十代後半くらいで、メーテナ教会のような大規模組織の幹部であるとは到底思えなかった。
「タケルの言う通り、普通ならあんな若い神父が代表としてここに現れるなんてあり得ない。だたし、あのユリウスという男は特別だよ。」
「どうして?」
「彼は教会の若手神父の中では一番の出世株で、史上最年少で司教になるだろうと言われるほどの人物なんだ。中には将来の教皇だと言う人もいる。」
「さらに、ただ出世競争に強いだけじゃなく、武術、魔法、知識とどれをとっても優秀で、今や教会の運営や方針の決定は、ほとんどユリウスが担っていると言われるほどさ。」
トミーの話を聞いて俺は改めてユリウスを見た。
確かにユリウスは容姿に優れているというだけでなく、その雰囲気や存在感自体が人を惹きつけるような魅力があるように感じられた。
いわゆる”カリスマ”とよばれる存在なのだろうか。ここにいる多くの貴族たちがユリウスに興味を持つのも理解できた。
「・・・しかし、教会にもとんでもない人物がいたんだな。」
「まったくだ。ユリウスはアウストリア派の信者だけでなく、国内、国外問わず人気がある。そんな人物が将来教会の中心となれば、カーレイド王国にとってもかなりの脅威となるはずだよ。」
俺のふと漏らした感想に、トミーはため息をつきながら答えた。
トミーもトミーなりに国の将来を考えているようだ。まあ俺と違って自分の生まれ育った国なのだからそれも当たり前なのかもしれないが・・・
「・・・!」
ぼんやりと多くの貴族から歓迎されるユリウスを眺めていた時、一瞬だけ全身を刃で突き刺されるような感覚を覚えた。
今のはなんだ?強い悪意というか、殺意と呼んだ方が正確なのかもしれない。
それを感じたのは、偶然俺とユリウスの目があった瞬間だった。
ユリウスが鋭く冷たい目で俺を睨んだような気がした。
すぐさまユリウスを見返すが、すでにユリウスは別の貴族と笑顔で話していて、こちらの方を見てはいなかった。
「・・・なあトミー?」
「ん?なんだ?」
トミーは先ほどと変わらないつまらなそうな表情で貴族たちを眺めていた。どうやらユリウスの視線には気づかなかったようだ。
「俺、あのユリウスって人に何か嫌われるようなことしたかな?」
「はあ?お前、あの人と知り合いなのか?」
「いや、今日初めて見たけど。」
「・・・じゃあ、あっちはお前のことを嫌うどころか知りもしないだろうよ。」
トミーは怪訝そうな顔で俺を見ながら言った。
それもそうか。この世界に来てから教会関係者と関わったことなんてないし、向こうが俺のことを知るはずもない。
今のは気のせいだと自分に言い聞かせて、先ほど感じた殺意は忘れてしまうことにした。
だがしばらくの間、体に受けた殺意の刃は残ったままだった。




