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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第四章
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第4話

「・・・は?おいおいトミー、さすがにそれは俺でも嘘だって分かるぞ。」


「・・・」


俺はトミーの質の悪い冗談かと思って聞き流そうとしたが、トミーは真剣な表情で黙っていた。


改めて俺は”水王オルズベック”と言われた男を見た。本当にどこにでもいそうな人畜無害な中年男性だった。


あれが魔王配下の四天王の一人、水王オルズベックだとはやっぱり信じられない。


「ちょっと待ってくれ。水王って”水王軍”と呼ばれる最強の軍隊を持っているんだろ?あんな虫も殺せなそうなおっさんがそんな軍を率いているって言うのかよ!?」


「・・・分かった。俺はお前がこの世界の歴史知識皆無だという前提で話していく。」


トミーはもう何も言うまいとでも言いたげな諦めの表情を浮かべて言った。


俺はまた致命的にこの世界の常識を知らなかったらしい。


「水王軍はキオ割譲とともに解散したらしい。だから現在の水王は軍隊なんて持っていないんだ。」


「どうして軍の解散なんかしたんだよ?」


俺の質問に対し、トミーは肩をすくめながら首を横に振った。


「正確な理由は俺も知らん。ただ当時の水王は戦争ばかりする魔王に嫌気が差していたらしく、そんな魔王軍から離反し、一か所に定住して落ち着きたかったんじゃないかという話はよく聞く。元々商才のある一族だったから、戦争よりも商売で生活したかったんじゃないかな?」


「でも軍はなくても水王自身にはとてつもない力はあるんだろ?それは脅威なことじゃないのか?」


俺の新たな疑問についてもトミーは再度首を振るだけだった。


「安心しろ。キオを手に入れた頃の水王はどうか分からないが、少なくとも現水王であるオルズベックの力は皆無だよ。」


トミーの言葉に全くピンと来なかったが、そんな俺を気にせずトミーは話を続けた。


「オルズベックは生まれつき、魔人族とは思えないほど魔力をほとんど持ってなくて、現在も魔法は使えないらしい。だから水王自身が脅威になるなんてことはあり得ないんだ。」


「え!?魔人族って魔法を得意とする種族だろ?そんなことあるのか?」


俺は衝撃的な話に驚きながらもトミーに尋ねた。


「まあ珍しいことであるとは思うよ。ただオルズベックは歴代水王の中で一番と言われるほどの商才を持っていて、今の水王の持つ商会、通称”水王商会”の発展は、ほぼ彼の力によってなされたと言われるぐらいだ。」


「・・・」


俺はトミーの話を聞きながら、調子が狂うような感覚を覚えた。


俺が戦おうとしている魔王やその配下は全くと言って良いほど好戦的ではない。むしろ平和主義者であり、こんな人たちを倒そうとしてしまって良いのか迷いが生まれそうだった。


・・・


「・・・あの人が水王オルズベックかあ。普通の人族にしか見えないけどな。」


楽しそうに誰かと話しているオルズベックを見ながら、俺は独り言をつぶやくように言った。


俺自身がこの世界の人間ではないためか、正直種族の区別なんてつかなかった。魔人族は初めて見たが、見た目は人族そのものだ。


「俺も正直人族と魔人族の違いなんて分からないよ。魔人族はエルフ族ほどではないにしても少しだけ耳が尖っているという話を聞いたことはあるけど、目の前にいるオルズベックはそんなに尖ってなさそうだし。まあ、水王の血統を辿れば元は竜族だったっていう噂も聞くぐらいだから、純粋な魔人族ではないのかもしれないな。」


「それはともかく、俺たちはライナスとともにオルズベックのことも守らなきゃならない。これは俺個人の考えだが、この国で狙われるとしたらライナスよりもオルズベックの方が可能性が高い。あまり大きな声で言えないが、オルズベックは教会の天敵でもある訳だしな。」


トミーはこれでもかというくらい小さな声で話した。いくら俺でもその理由については聞かずとも納得できた。


アウストリア派シデクス教、人族だけがこの世界の神の寵愛を受けているという考えを持つ宗派だ。その宗派の総本山があるのはこのメーテナであり、”メーテナ教会”と呼ばれる場所だった。


その教会のお膝元に四天王である水王がいるのだ。命を狙う人間なんていくらでもいるはずだった。


しかし、ライナス同様、オルズベックにも万が一があってはならない。ここでオルズベックが倒されでもしたら、カーレイド王国とトランテ王国は最悪戦争にだってなってしまう可能性もある。


「水王オルズベック・・・そんな大物がこの国に来ていたなんてな。目的はライナスと同じと考えて良いのか?」


「ああ、間違いないだろう。トランテ王国でのオルズベックの立場を固めるために来ているはずさ。例年であれば、こんなことはなかったんだが、今年はどうも妙な感じがするよ。」


トミーはうんざりしたような表情を浮かべながら言った。


「しかし、不思議だよな。現状はどうであれ、建前では水王はまだ魔王の配下なんだろ?よくもそんな人物の入城を陛下や殿下が認めたよな。」


俺はふと浮かんだ疑問を口に出したが、それを聞いたトミーは慌てて周りを見ながら俺の肩を掴んだ。


「ば、馬鹿!滅多なことを言うなよ。いくらお前が殿下と仲が良いって言ったって、今のは王族批判と取られてもおかしくないぞ。・・・まあ確かに俺もいろいろと考えたりはするけど、俺たちはただ命令に従って、最善を尽くすしかないんだから。」


トミーの言葉を聞いて俺は思わずはっとした。


思えば、この件に関してヴィクターから何も聞いていなかった。普段から政治の話なんてヴィクターとはしないが、魔王関連となれば話は別のはずだ。


ヴィクターはなぜ水王が来ることを教えてくれなかったんだろうか。


「・・・」


「ま、まああんまり考えすぎるなよ!陛下や殿下には何かお考えがあるんだろ。それはきっとこの国をより良くするものに決まっているんだから、俺たちはただ信じて自分の仕事をやるだけだ!」


「・・・それもそうだな。」


確かに考えても分からないことを邪推しても仕方がない気がした。今はヴィクターも忙しそうに動き回っているから時間もないだろうし。建国祭が終わったら、水王のことを聞いてみても良いのかもしれない。


「それで最後の一人は誰なんだ?」


俺は話題を変えるようにトミーに尋ねた。


「それなんだけど・・・おかしいな、まだ会場にいないんだよ。今日の出席者の中には居たはずなんだけど、急用でもできたのかな?」


トミーは遠くをきょろきょろと見渡しながら言った。


その時、入り口の扉が唐突に開かれたかと思うと、長身の男が入ってきてた。


「・・・遅れて申し訳ありません。」


神父のような服装をした男はパーティーに参加している全員の注目の的となった。

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