第37話
「はい、これで検査項目の確認は以上となります。それじゃあ、ここまでにしましょう。」
研究室にて俺の前に座っていたエルザは、書き終えた書類を整えながら言った。
今日は最終日ということもあり、新たに毒を試すということはなく、俺の体調の変化や毒を投与された際の感覚の確認などの聞き取りだけが行われた。
今日予定していたことは全て終わった。それをもって、この一ヵ月におけるエルザの研究への協力もついに終わりを迎えることとなった。
「あー、えっとエルザさん?」
俺は緊張して少ししどろもどろになりながらもエルザに話し始めた。
「どうしましたか?タケル様?」
エルザは複数の書類に目を通しながら、こちらを見ることなく答えた。
いつもと変わらないエルザを前に俺は一瞬躊躇する気持ちが生まれた。だが、すぐにそれを心の中で振り払い、持ってきていた紙袋から奇麗な紙に包装された小さな箱を取り出した。
「エルザさん、これ良かったら。」
「え?」
思いがけない言葉だったのか、エルザはすぐに俺の方を向いて、俺が持っていた箱を受け取った。
「これって・・・」
「一ヵ月間お世話になったので、そのお礼みたいなものです。あ、でも大したものではないですよ。」
俺は恥ずかしさからエルザの顔を見ないで言った。
「・・・」
エルザが何も答えなかったので、恐る恐るゆっくりとエルザの方を見た。エルザは箱を両手で持ち、それを見てぽかんとした顔をしていた。
「あの、エルザさん?」
「・・・あ!ごめんなさい、ぼーっとしていたみたいです。あの、えーと、すみません、何だか気を使わせてしまったみたいで。ああ、私も何か用意しておけば良かった・・・」
自分が何を受け取ったのかを理解したのかエルザは慌てながら俺に言った。
「別に良いんですよ。俺が何か渡したいって勝手に思っただけですから。」
「本当ですか・・・その、ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
エルザはうれしさ半分、申し訳なさ半分といったような顔をして言った。
「・・・ぜひ。どうぞ開けてください。」
正直俺が居なくなってから開けてほしかったが、こう言われてしまったら断るわけにもいかなかった。
エルザは俺の言葉を聞くと丁寧に包装紙をはがして箱を取り出した。そして箱のふたをゆっくりと開け、その中身を見たエルザの顔は見る見るうちに子どものような笑顔になっていった。
「・・・これは!」
エルザは箱から一本の万年筆を取り出し、それを自分の顔の前に掲げた。
「よく行く魔法具店に、魔石の力で通常よりもインクが長持ちするっていう万年筆が売っていたんですよ。エルザさんよくノートや書類にいろいろと書いているから、そういうものがあった方が良いかなって思って。」
俺は自分に言い訳するように言った。
結局、最初に行った宝石店では何も買わず、なじみの魔法具店に行って、エルザにとって実用的な物を選んで買った。
正直ちょっと置きに行ってしまった感じは否めなかったが、目を輝かせながら喜んでいるエルザを見ていると、あの時、心の中の妹の助言に従っておいて良かったのだろうと思った。
「うわあ、すごい!早速使ってみたいです。タケル様、本当にありがとうございました!」
エルザは万年筆を両手で大切そうに持ちながら、頬をうっすらと赤くして言った。




