第33話
「あんたたち!あの森をずっとさまよってたんだって!それでよく無事に帰って来れたもんだよ!」
ハンスに連れられ、村の出口近くにあった家に行くと、そこにはハンスと同じくらいの年齢の女性がいた。
「・・・俺の女房だ。何かあったらこれに聞け。少しばかりやかましいが、いろいろと世話をしてくれるだろう。」
「ちょっと、あんた!やかましいって何!?それに私は「コレ」って名前じゃないんだけど!」
奥さんはハンスに近づき、より大きな声で文句を言い始めた。
「わかった、わかった。客が来ているんだから後にしろ。」
「ああ、そうだったね!あんたたちも疲れただろう?さあ、早く上がんなさいな!」
俺とエルザは返事する間もなく、引っ張られるように部屋の中へと案内された。
・・・
「・・・おいしい。それに何だか落ち着きますね。」
エルザはソファーに座ってカップの飲み物を飲みながら言った。俺も同じものを飲んでいるが、温かいココアのような飲み物だった。
エルザは両手でカップを持ちながら癒やされたような表情を浮かべていた。
「本当に何も食べなくて良いのかい?簡単なものならすぐに作れるけど・・・」
「いえ、お構いなく。さきほど森の中で済ませてしまったので。」
俺は奥さんの申し出を丁重に断った。サンドイッチを食べたばかりというのもあったが、疲れから食欲がほとんど無かった。
エルザも俺と同じ気持ちなのか、奥さんの申し出を申し訳なさそうに断っていた。
「まあ、それなら良いんだけどね・・・ん、お嬢ちゃん?どうかしたかい?」
奥さんは急にエルザの方を見て言った。
「ごめんなさい。勘違いかもしれませんが、もしかして昼間公園でお会いしましたか?」
エルザは恐る恐るといった態度で尋ねた。それを聞いた俺は改めて奥さんの顔を見た。
あまり覚えていないが、確かに公園であった三人組の女性の一人に似ている気がした。しかし、その時と今でまったく雰囲気が違うため、同一人物に見えなかった。
「ああ、あの時は悪かったね・・・てっきりまた城の役人が調査か何かで来たのかと思って。」
「役人ですか?」
申し訳なさそうに話す奥さんに対して俺は尋ねた。
「そうなんだよ。突然王都から役人がやってきて、村のことを根掘り葉掘り聞いてきてね。備蓄がどれくらいあるだとか、他の国に勝手にモノを売ったりしていないかって。」
奥さんは不満そうな顔で答えた。城の役人というとカーレイド城にいる人間だと思うが、わざわざこんな辺境の村までやってきて仕事をしているとは思わなかった。
「それで少しでも変なことを言ったり、答えられなかったりすると、「何か隠しているのか!」って大騒ぎするもんでね・・・そんなこともあって、うちの人ったら、知らない人間とは会話するなって言うんだよ。」
「おい、余計なことまで話すな。」
奥さんの話に対し、ハンスは嫌そうに口を挟んだ。ハンスは俺たちが座っているソファーからはなれた所にある安楽椅子でくつろいでいた。
「はいはい、分かりましたよ。まあそんな経緯もあってね、昼間はあんたたちを役人か何かだと思ってしまって、ああいうよそよそしい態度をするしかなかったんだよ。」
奥さんの話を聞いた俺はエルザに視線を送ったが、エルザは無言で首を横に振るだけだった。
どうやらエルザも知らないことらしい。まあいくら同じ城勤めでも、エルザとその役人じゃ部署も違うだろうし、無理もないことだが・・・
「そうだ、あんたたち!森の中を一日中歩き回ってたんじゃ、かなり汗だくだろ?だったらこのハサリ村の名物に行ってくるといいよ!まだこの時間なら開いているはずだから。」
「名物ですか?」
一体何のことやら・・・この村についてはポイズンエイプの毒以外、何の情報も持ち合わせていなかった。
「何だい、何も知らないでこの村に来たのかい。この村の名物と言ったら、それは”温泉”に決まってるじゃないか!温泉は初めてかい?」
「・・・温泉!」
奥さんの意外な言葉に俺は驚くと共に気持ちが高まっていくのを感じた。




