第32話
「お前たち、こんなところに居たのか・・・」
気配の元は俺たちに対して話し掛けてきた。俺はその正体をしっかりと確かめるため、手のひらのライトボールをさらに近づけた。
そこに居たのは人だった。しかも全く知らない人ではない。確かこの森に入る前にポイズンエイプについて尋ねたマタギのような格好をした男性だった。
男性は俺のライトボールがまぶしいのか、片手を自分の目の前にかざしていた。
「えーと、あの・・・」
「俺はハンスという名前だ。とりあえずその光っているものを消してくれ。話はそれからだ。」
ハンスの言葉を聞いた俺は慌ててライトボールを消した。
・・・
「あの、それで何でこんなところに?」
俺とエルザもそれぞれ名前を名乗り、自己紹介が済んだところで俺はハンスに尋ねた。
「お前さんたちがいつまでたっても森から出てこないから心配になって様子を見に来たんだ。この森は手練れの冒険者でも遭難する魔界だからな。」
ハンスはため息をつきながらそのまま話を続けた。
「それで迷ったものはたいてい、今お前さんたちがいる場所で野宿する。今回もそうじゃないかと思ってここに来た訳だ。」
俺とエルザはお互いに顔を見合わせた。俺たちの行動はハンスの予想した通りだったことに驚いたからだ。
「おっしゃる通りです。俺たち遭難してました。」
俺は素直にハンスに白状した。
「ふん、そんなことだろうと思った。これだから素人は・・・まあいい、早く支度しろ。さっさとこの森から出るぞ。」
「え!俺たちここから出られるんですか!?」
ハンスの意外な言葉に俺は驚きながら聞き返した。
「当たり前だ。何のために俺がここまで来たと思っているんだ、まったく。ここはそう森の入り口から離れていないから一時間もしない内に外に出られるだろう。」
ハンスの言葉を頭がようやく理解し始めたのか、俺は急に力が抜けてしまい、その場に座り込んだ。
俺たちはどうやら助かるみたいだ。
・・・
先頭を歩くハンスに俺とエルザはついて歩くことになった。
俺はライトボールでハンスの前を照らそうとしたが、ハンスに断られた。経験なのか才能なのか分からないが、ハンスは何も見えない森の中を迷うことなく進んでいった。
「それで、ポイズンエイプには会えたのか?」
しばらく無言で歩いていたハンスだったが、振り返らず前を向いたまま、唐突に俺に話し掛けてきた。
「はい、何だか大きい奴もいて危なかったですが、何とか倒すことができました。」
「そうか・・・奴を倒したのか。」
ハンスは独り言をつぶやくように言った。
「ハンスさんは大きいポイズンエイプについて何か知っていたんですか?」
「ああ、あいつはこの森の主と言われるほどの強者だったからな。この辺りの冒険者や狩人の間で知らない奴はいない。」
やはりただのポイズンエイプでは無いとは思ったが、森の主と言われるほどの有名なモンスターだったとは・・・そんなモンスターに森に入っていきなり遭遇して命を落とさずに済むなんて、運が良いのか悪いのか分からなかった。
「力自慢が何人束になっても歯が立たないモンスターだった。賢い奴で、自分から人間を襲うことは決してしなかった。自分の縄張りにさえ入らなければ、人間なんぞに興味なんて無かったのだろうな。」
ハンスは空を見上げながら言った。ポイズンエイプのことを思い出しているのだろうか。
「・・・」
俺は心の中で罪の意識を感じ始めた。モンスターとはいえ、人に危害を加えなかったモンスターを殺したかと思うと、胸が苦しくなった。
「・・・気にするな。奴も所詮モンスターに過ぎん。強者と出会って強者に敗れたのなら、それが奴の運命だったのだろう。きっとお前さんがやらなくても違う誰かが倒していたさ。」
俺の気持ちを察したかのようにハンスは言った。
強者か・・・あのポイズンエイプと戦った時、俺は強者ではなかった。エルザがいなければ、あいつに勝つことはできなかったはずだ。
だからこそ、俺はもっと強くならないといけないんだ。モンスターがそんなことを思うかは分からないが、あいつが「強者に倒されたのなら仕方ない」と思うくらい、俺はこの先も自分を高めていかなきゃならない。
それが生き残った者の責任だと俺は思った。
・・・
「あ、明かりが見えてきました!」
俺にしがみつくように歩いていたエルザが目の前を指差しながら言った。
その明かりは俺にも見えた。あれはモンスターの眼光でも魔法の光でもない。
暖かな村の明かりだった。
「やった・・・本当に出られたんだ。」
俺とエルザの冒険はようやく終わりを迎えようとしていた。




