第31話
「本当にごちそうさまでした!というか、すみません、俺ばっかり食べちゃって。」
サンドイッチを食べ終わった俺は焚火の火加減の調整をしながらエルザと話していた。
「いえいえ、私も十分に食べられましたし、タケル様にも喜んでもらって何よりです。」
エルザは焚火にあたりながら微笑んで答えた。
「エルザさん!お世辞抜きにかなり美味かったですよ!何というか、隠し味とでも言うんでしょうか?どのサンドイッチの中にもタレのようなものが入ってて、それが今まで食べたことのないような不思議な味だったんですけど、本当に美味くて。」
あまりにもエルザのサンドイッチが美味しかったので俺は自分の言葉に熱が入ってしまった。
「ふふ、さすがタケル様ですね。それは母から教わった秘伝のレシピなんですよ。昔はよく家族でサンドイッチを作っていたんです。」
エルザはどこか懐かしそうで寂しそうな顔をして言った。
昔はか・・・俺はなんとなくエルザの家族のことには触れてはいけないような気がした。
「・・・タケル様には以前、なぜ私が毒の研究をするのかについては話しましたよね?」
「はい、確かあらゆる毒にも効く特効薬を作りたいって。あ、でもなぜそのように思うようになったかまでは聞いてないかも。」
焚火を見つめながら話すエルザに対し、俺は以前エルザと話したことを思い出しながら答えた。
「そうですね、私がそう思うに至った理由についてはまだ話していないです。・・・タケル様、少し長くなりますが聞いてくれますか?」
エルザは俺の方を向き、寂しげに微笑みながら言った。
俺は無言で頷いた。
・・・
エルザは再び焚火を見つめながら静かに話し始めた。
「私はカーレイド王国の中でも辺境の辺境、誰も知らないような小さな村で生まれました。父は狩りや畑仕事で生計を立て、母はそんな父を支えていて・・・どこにでもいる普通の家族でした。」
「でも私はとても幸せでした。大好きな父と母といつも一緒に過ごすことができて・・・そんな幸せな時間は永遠に続くものだと子どもの頃の私は思っていたんです。」
「ある時、父はいつものように山へ狩りに行きました。私は母と家でサンドイッチを作りながら父の帰りを待つ、ありふれたいつもの日常だったんです。」
「でもそれはいつものものとは違いました。帰ってきた父の腕には何かによる歯形のようなものがついていて、腕からも少し血が流れていました。」
エルザの表情が話していく中で沈んでいくように見えたが、俺は何も言わず、エルザの話を聞き続けた。
「父を見た私と母はとても驚きましたが、父は「心配ない」と笑いながら一言だけ言って、その日はそのまま寝てしまいました。」
「父の言葉を聞いたのはそれが最後でした。翌日いつまで経っても起きてこない父を起こしに行くと、もう父は冷たくなっていたんです。」
エルザはそこまで話すと膝に顔を埋めてしまった。
それ以上話さなくていいと俺は言おうとしたが、すぐにエルザは顔を上げ、再び話し始めた。
「そこからは何が起きたのかもう分からなくて・・・泣き叫ぶ母や村の人たちが走り回っていたのは何となく記憶にありますが、気が付けば、父はお墓の下に居ました。」
「私はとても悲しくて、毎日のように泣いていましたが、次第に悲しみは怒りのようなものに変わっていきました。なぜ父は死ななくてはならなかったのか、私は納得ができなかったのです。」
「そのため、私は父の死の真相を調べ始めました。父の狩り仲間や知識を持つ教会の人・・・手がかりを得るためなら誰にだって話を聞きに行きました。」
「そして、ついになぜ父が死んだのか分かりました。父はモンスターの毒で死んだのです。」
「その毒を持ったモンスターは、私の住んでいた地域にはほとんど生息していないものだったらしく、父もまさかそのモンスターが毒を持っているなんて思いもしなかったのだと思います。」
「父は何も知らずに死んでしまった。だけど、そのモンスターは都市部などでは有名なモンスターで、すでに治療薬も開発されていたそうです。」
「生まれた場所が田舎だったというだけで父は死んだんです。それを知った私は本当に悔しかった。なんでただ家族で幸せに暮らしていたいと思っていただけの私たちがこんな目に遭わなくちゃいけないのかって。」
「私はその時決意しました。この世の中から私のような不幸な人を生み出さない、そのためだったら何だってやってやろうと決めたんです。」
当時のことを思い出しているせいだろうか、話をするエルザの目には怒りの感情が含まれているように感じられた。
「それから私はカーレイド王国の王都であるメーテナに行くため、死ぬ気で勉強しました。自分の決意を実現するには、治療薬開発が行われている都市に行く必要があり、そのためには知識の力が必要だったためです。」
「幸い、教会の神父様が多くの書物を貸してくださったおかげで、様々なことを学ぶことができました。そしてそれが評価され、私はメーテナで今の職に就くことができたんです。」
「これが私が毒の研究を行っている理由です。薬でたくさんの人を助けたいとは言っていますが、本当は復讐なんです。父を奪ったものに対する個人的な復讐です。」
いつも楽しそうに研究をしているエルザとは違う一面を俺は見た。しかしそのようなエルザに対し、俺はどんな言葉を掛けていいのか全く分からなかった。
俺はまだ自分が子どもなんだと悔しくなった。
「タケル様、本当にごめんなさい。こんな身勝手な復讐のためにタケル様を危険な目に遭わせてしまったんです。私は自分のことを最低だと思います。」
エルザは話し終えると俺に向かって頭を下げた。表情は分からなかったが、きっと今エルザの心は罪悪感で溢れているに違いないと思った。
気の利いた言葉は全く浮かばない。だったら俺は正直な思いを言うだけだ。
「身勝手だって良いじゃないですか。」
「え?」
俺の言葉にエルザは顔を上げた。
「別に身勝手でも何でも良いんですよ。それがエルザさんがやるべきことだって信じられるなら迷わず進むべきです。結果としてそれで多くの人が救われるなら、それは絶対に間違ってなんかいないと思います!」
「でも、それで私はタケル様を危険な目に、ううん、今日だけじゃない。私はタケル様の体質を良いことに、毒を飲ませ続けるなんてことまでして・・・父を奪った憎い毒を自分が大切だと思う人に使うなんて、私は・・・」
エルザは俺に反論しながら、いつのまにか涙を流していた。
エルザもずっと後悔していたんだ。俺を使って研究を行っていくことに。
「俺もエルザさんと一緒なんです。」
「・・・」
何も答えないエルザに対して構わず俺は話を続けた。
「俺も身勝手な理由でこの世界にいます。そして俺がこれからやろうとしていることも本当に勝手なもので、その結果は、エルザさんの研究と違って誰も幸せにならないかもしれない。」
俺は魔王を倒すことが目的だ。大きな争いも無いこの世界で、何の落ち度もない魔王を自分のために倒そうとしているのだ。
「だけど俺にはそれを成し遂げなければならない理由があります。そのためだったら何だってやるつもりです。エルザさんと一緒ですよ。」
「でも・・・」
エルザはまだ納得していないようだった。
「それじゃあもし・・・」
「もし?」
俺はエルザに話す前に一呼吸置いた。心の奥底の思いを伝えるのはとても勇気のいることだった。
「もしエルザさんの身勝手な行動で、世界中の誰もがエルザさんの敵になったとしても、俺だけは絶対に味方でいます。エルザさんが危険な研究をやろうとして、全ての人に否定されても、俺だけは絶対にエルザさんを受け入れます。」
「・・・」
「約束します。どんなことがあったって必ず守りますから。」
「・・・」
エルザは何も答えなかったが、ずっと俺の顔を見つめていた。
俺を見るエルザの顔が見る見るうちに赤くなっていくように見えた。焚火で顔が火照ってしまったせいなのかどうかは分からなかった。
俺もエルザから目を離すことができなかった。心の中の思いを素直に言うなんて今までになかったことだ。
そのためなのか、エルザを見れば見るほど心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。
・・・!
その時、何かの気配を感じた。
こっちに向かって来ている。モンスターにしてはゆっくりだが確実に俺たちの方に近づいて来ていた。
「エルザさん!俺の後ろに!」
俺の声にエルザはすぐに状況を察し、サッと俺の後ろに隠れた。
俺も剣を構え、気配に対し身構えた。
気配がどんどん大きくなっていった。恐らくもうそんなに俺たちとそれの距離は無いはずだ。
俺はライトボールで辺りを照らして気配の正体を突き止めようとした。
「あんたは・・・?」
俺たちの前に現れたのはモンスターでは無かったが、俺にとって意外な人物だった。




