第30話
「とりあえず目的は達成しましたけど・・・」
俺とエルザはポイズンエイプの爪を採取した後、その場を後にし、森の中を移動していた。
既に夜となっているため、ただでさえ暗かった森は完全な闇へと変化していた。俺はエルザとはぐれてしまわないように手を繋いで歩いていたが、それはそれでモンスターに遭遇する以上に緊張するものだった。
「タケル様、まだ問題が残っています。」
俺と手を繋ぎながら歩くエルザは困ったような顔をして言った。
「分かっています。俺たちが今直面している問題は・・・」
そう、これを解決できなければ、いくら毒を手に入れることができても何の意味もない。
それは・・・
「ここはいったいどこなのでしょうか?」
エルザは周りをきょろきょろと見渡しながら言った。
俺たちはまだ迷子だった。
・・・
「とりあえずここで休みましょう。」
俺はエルザの方へ振り向き言った。
しばらく歩いていると開けた場所に出た。ここであれば近づいてくるモンスターにもすぐに気づくことができるし、ゆっくりと休むこともできそうだ。
これ以上、夜の森をエルザを連れて歩くのは危険だし、最悪今日はここで野宿するしかなさそうだ。
「適当に木を集めて焚火を起こすことはできますが、水と食料は・・・」
水はそれぞれ水筒があるのでまだ何とかなるが、食料は持ってきていた非常食の乾パンがわずかにあるだけで心許なかった。
こんな遅くまで森にいるつもりなんてなかったし、まさか遭難するとも思っていなかった。エルザに対し、ピクニック気分だなんだと心の中で文句を言っていたが、俺も俺で大概だった。
「今日の夜はさっき集めたナヌの実で食い繋ぐしかないですね。朝になって明るくなれば、ホーンラビットを捕まえることもできますが・・・」
ウサギの見た目のモンスターであるホーンラビットはこの森で見かけていたので、今の俺なら難なく捕まえることができるだろう。しかし、さすがに夜は慣れない森で動くことはできない。
「あの・・・」
「ん?どうかしましたか?」
エルザの呼びかけに俺は答えたが、エルザはすぐには何も言わなかった。少し恥ずかしそうに下を見ながら、何かを言おうとしてためらっているように見えた。
しかし、数秒もしない内にエルザは顔を上げることなく、小さな声で言った。
「えっと、実はお弁当を作ってきていまして・・・」
・・・
エルザは荷物を降ろして、バッグの底から四角い箱のようなものを取り出した。そして、その箱を予め敷いていた布の上に置いて、エルザは箱のフタを取った。
中にはサンドイッチが入っていた。野菜や肉、卵が挟まれた色とりどりなサンドイッチが小さく切り分けられていて、とても美味しそうだった。
俺は自分のお腹が大きく鳴るのを感じた。よくよく考えたら、朝の朝食以来何も口にしていなかった。
「本当は朝の馬車の中で食べようかと考えていたのですが、あの時はお店で朝食を取っていましたし、森に来てからはそれどころじゃなかったので、食べる機会がなかなか見つからなくて・・・」
エルザは「あはは」とバツが悪そうに笑いながら、何かに言い訳するように話し始めた。
「なので大したものではないのですが、今は何も無いよりはましかと思いますので、よかったら召し上がってください!」
「何を言っているんですかエルザさん!とっても旨そうですよ!」
俺は本心から言った。正直研究ばかりで料理なんか絶対にできないと思っていたので、まさか弁当を持ってくるとは意外だったが、それは言わないでおくことにした。
「い、いえ!本当に大したものじゃないんです!家にあった余りもので作っただけなので、お口に合わなかったら本当にごめんなさい!」
「絶対にそんなことないですから!じゃあ早速、一つもらっても良いですか?」
「ど、どうぞ!」
エルザは声をひっくり返しながら答えた。
俺は綺麗に並べられているサンドイッチの一つを取ろうとした時、弁当箱から不思議な感覚を感じ取った。
「あれ・・・なんだかひんやりするような気がする?」
「ああ、それはですね、このお弁当箱のおかげなんです!」
エルザはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせながら語り始めた。
「実はこのお弁当箱自体が魔法具になっていて、魔力を注ぎ込むと長時間冷たい状態を維持することができるんですよ!」
「へえ!そんな魔法具があったんですね!てっきり魔法具って戦闘とかを有利にするものばかりだと思っていました。」
俺は意外なエルザの話に興味を持った。この世界の魔法は戦闘ばかりに用いられるものだと思っていたが、生活を便利にするためにも活用されているようだ。
「なので時間は経ってますがお弁当箱の中身は傷んでいないと思うので安心してください。そうそう、大切なことを忘れてました!」
エルザは再度荷物の中から何かを探し始めた。
「食べる前にこれで手を洗ってください。」
エルザは俺に手のひらぐらいの大きさの瓶を手渡してきた。
「これは何ですか?」
「この中身は”浄化の水”といって、最近私たちの研究所で開発され、発売を始めたものです。毒を浴びた時にその箇所にこの水をかければ、毒を消し去ることができます。今日は毒の採取をたくさんしましたから、これでちゃんと手を清めておきましょう!」
エルザは誇らしげな顔をして言った。研究所で開発したと言っていたのでかなり自信のある商品なのだろう。しかしその商品の効果より、俺には気になったことがあった。
「まさか俺の事を心配してくれるなんて思いもしませんでした。エルザさんからしたら俺がうっかり毒を摂取した方が研究が進んで良いじゃないかと・・・」
俺は冗談半分のつもりで話し始めたが、エルザの顔を見て口を閉じた。
エルザはむすっとした顔をしていた。明らかに怒っている・・・いくら俺でも今のは失言だったとすぐに分かった。
「タケル様?そんなことを仰るのでしたら、このサンドイッチは一つもあげませんからね!」
エルザはそう言うと弁当箱にフタをしてバッグにしまい始めてしまった。
「ああ、今のは冗談です!俺が悪かったですよ!」
その後数分程、エルザに許して貰えるまで俺は何度も謝り続けた。
・・・
「それじゃあ、今度こそ頂きます!」
弁当箱や浄化の水で遠回りしてしまったが、ようやくエルザの作ったサンドイッチを食べるところまで戻ってこれた。
俺は野菜と肉が挟まっているサンドイッチを手にし口に入れた。
「・・・」
エルザは無言で俺を見ていた。何となく緊張が伝わってきた。
「・・・美味い!」
口に広がる野菜と肉の味、それにパンの甘味が絶妙なバランスで交じり合い、口の中を幸せにするような感覚だった。
空腹だから美味しいということでは無い、今まで食べたどのサンドイッチよりも俺の好きな味だった。
「・・・本当ですか?」
エルザはまだ心配そうな顔をしたまま俺に聞いてきた。
「本当です!俺って結構正直ですから、本当に美味しい時しか美味しいって言わないですよ!」
「・・・ありがとうございます。タケル様にそう言ってもらえると私も嬉しいです。」
俺の言葉を聞いたエルザは優しい笑顔を浮かべて言った。
俺は思わず食べる手が止まり、その笑顔に見惚れてしまった。
何も分からない森で遭難するという危険な状況は続いていた。しかし俺は、エルザとのこの時間がずっと続けば良いのにと、心のどこかで願ってしまっていた。




