第16話
俺は全力で森の中を走った。しかし、悲鳴の方へ向かうも一向にエルザの姿は見えてこなかった。
「エルザさん!どこにいるんですか!返事してください!」
走りながらも大声で呼びかけた。だが全く返事は返ってこない。俺は最悪の状況を想像していまい、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。
「・・・っ!」
何か違和感を感じたので、その場で急停止した。一見草木が覆い茂っているように見えるが、よくよく見ると崖があった。俺は兵団の演習などで森の移動も慣れているから分かったが、不慣れな人がここを進んだら気づかずに落ちてしまうこともあるかもしれない。
「まさか!?」
俺はすぐに崖の下を覗き込んだ。どこもかしも草木が邪魔で崖の底まではっきりとは見えなかった。
「エルザさん、もしかして・・・ああ、もう!」
一瞬迷ったが、最悪の事を考えて、俺は崖を降りていくことにした。
・・・
慎重に崖を降りて、何とか無事に底に着くことができた。すぐに周りを見渡すがエルザの姿はどこにも無かった。
「ああ、はずれだったか。まずいなあ、早く崖の上に戻らないと・・・っ!」
崖を上り始めようとした時、またしても女性の悲鳴が聞こえたような気がした。さっき聞いたものよりはっきりとしたものだった。
間違いない。エルザは近くにいる。
「エルザさん!どこですか!いるなら返事してください!」
俺は大声で呼びかけながら、再び森を走り始めた。
・・・
森を走り進むと、何だか嫌な気配を感じて、サッと体を忍ばせた。
モンスターだ。先ほどのホーンラビットとは違う、凶悪なモンスターが近くにいる気がした。
俺は姿勢を低くして進み始めた。一刻も早くエルザの元に行きたかったが、無防備に走り続けてモンスターの急襲に会うことだけは避けなくてならない。
しばらく前進していくと、先ほどの嫌な気配がより大きくなった。
この先の茂みの向こうにモンスターがいる。丁度目の前に大きな木があったので、そこに身を隠しながら、茂みの向こうを見た。
「グルルルル!」
茂みの先には灰色のモンスターがいた。
あれは”フォレストウルフ”。ランクはC級で、四足歩行の狼のようなモンスターだ。群れで行動する特性があるが、一匹で動くフォレストウルフも珍しくない。確か、地域差とか個体差で変わるという話だったが・・・
「まあ、今はそんなことはどうでもいいか。あの程度のモンスターであれば難なく処理できるはずだ。」
俺はほっと胸を撫で下ろしつつ、さらに身を乗り出し、他にモンスターがいないか確認しようとした。
「・・・っ!」
俺はフォレストウルフの目線の先を見て衝撃を受けた。
そこに居たのはエルザだった。エルザは腰が抜けてしまったようにへたり込んでその場から動けずにいるように見えた。
そんなエルザに今にもフォレストウルフは飛びかかろうとしていた。俺は考えるより先に既に手が動き出していた。
「このっ!」
俺は茂みの先に躍り出て、光魔法「ライトボール」を発動し、間髪入れずフォレストウルフにぶつけた。
「キャン!」
突然の攻撃にフォレストウルフは苦しそうにその場でうずくまり始めた。倒すとまではいかなかったようだ。セレナからは魔法に関して実力を認めてもらったが、実戦ではまだまだ使い物にはならなそうだ。
「・・・!」
俺は魔法の効果など気にせず、剣を握ってフォレストウルフに飛びかかった。苦しんでいるフォレストウルフは俺に反応できそうにない。その隙を突き、俺はフォレストウルフの首に剣を振り落した。
「ギャッ!」
短い悲鳴と共にフォレストウルフは首を飛ばされ、そのまま絶命した。
念のため倒れた胴体にも剣を突き刺した。以前ヴィクターから胴体だけになっても動けるモンスターがいると聞いていたからだ。
「ふう・・・ひとまずこれで安心だな。エルザさん!大丈夫ですか!?怪我とかしてないですか!?」
俺はフォレストウルフから剣を抜き、エルザの方を向いて言った。
「・・・」
エルザはへたり込んだまま、歯をカチカチさせながら震えていた。よっぽど怖かったのだろう。俺が声を掛けてもまるで反応が無かった。
「エルザさん!しっかりしてください!」
俺はエルザの前に座り、肩を掴んで少し揺らしながら言った。
「・・・!は、はい!あれ?タケル様!?」
ハッとエルザは意識を取り戻したかように答えた。恐怖のあまり、今の今まで俺が目の前にいることに気が付いていなかったみたいだ。
「大丈夫ですか?」
「はい、あ、あの?モンスターは?」
だんだんと頭がはっきりして状況を思いだしてきたのかエルザは周りをきょろきょろ見渡しながら言った。
「俺が倒しましたんでもう大丈夫ですよ。怪我してませんか?」
俺はエルザに再度問いかけながらも、何だかイライラしてきてしまった。
あんなに俺から離れるなって言ったのに。しかも勝手にどっかへ行くなんて・・・
「あのエルザさん・・・!」
エルザに対して改めて注意をしようとしたが、エルザの顔を見て、俺のイライラしていた気持ちもすぐに吹っ飛んでしまった。
気が付けばエルザの目には大粒の涙が溢れていた。緊張が解けて安心したのか、先ほどまで固まっていたエルザの表情は次第に悲しみと安堵が混ざったようなよく分からないものに変化していった。
「・・・うわああああん!」
表情が変化すると同時にエルザは大声で泣き始めてしまった。まるで大人に怒られた子どものような顔をして泣くものだから、何かを言うなんて出来るわけがなかった。
俺はどうしていいか分からず、エルザが泣き止むまで目の前でただ待ち続けることしかできなかった。




