第11話
「・・・はあ、はあ。」
城を飛び出した俺は、街の中を駆けていた。まだ早い時間であるためか、人はほとんどいなく、鳥のさえずりが聞こえるほどの静けさだった。
急がないと。もう馬車は出発しているかもしれない。もしエルザが一人で行ってしまったのなら、何か別の手段で追いかけなければならない。
俺はただ間に合ってくれという思いだけを胸に街を走り続けた。
・・・
「・・・やっと着いた。」
俺は東門近くの馬車の停留所まで来ることができた。しかし、周りを見渡してみても、停留している馬車は一つも無かった。
「・・・っ!」
俺は焦った。もう馬車は出発してしまったみたいだ。
早くエルザの後を追いかけないと!いや、そもそもエルザは馬車に乗ったのだろうか?まずは聞き込みして・・・ああ駄目だ!こんな時間じゃ目撃者なんていない。
「ああ、どうすれば・・・?」
焦りのあまり思考が纏まらなかった。このままじゃエルザの身に何か起こるかもしれないのに・・・
・・・
「はは、そっか、そうだったんだな。」
ふと俺は、自分の中にある一つの思いに気が付いた。
昨日は冒険者じゃないと危ないとか、ヴィクターの許可が下りないとか、そんな言葉でエルザへの協力を拒んだが、それは俺の本心では無かった。
本当はただ、エルザに危ないことをしてほしくなかっただけだったんだ。
最初からこの気持ちをちゃんとエルザに伝えれば良かった。
「本当に俺って、後悔してからじゃないと気づけないんだな。」
ルカの死で一度学んだはずなのに、俺はエルザに対しても同じことをしてしまったようだ。
「・・・タケル様?」
俺は両手を膝につき下を向いて項垂れていると、聞きなれた声を耳にした。
その声の主が誰だが分かり、すぐに俺は振り向いた。
「・・・エルザさん!?どうして!?」
俺は驚きながら声の主を見た。その姿はまぎれもなくエルザだった。いつもの白衣姿とは異なり、温かそうなジャケットを着て大きなリュックを背負っているが、目の前にいるのがエルザであることは間違いなかった。
「どうしてと言われましても・・・タケル様を待っていたら、始発の馬車を乗り過ごしてしまいまして・・・」
「え?でも、俺は行かないって昨日伝えたと思うんですけど?」
「確かにそう仰られましたけど、一応待ってみようかなと。流石に一人で行くのは無理だなって思いまして。」
エルザは少しバツの悪そうな顔をして言った。
「・・・ちょっと待ってください?じゃあ、俺が来なかったら行くつもりはなかったってことですか?」
「・・・はい、もうちょっと待ってタケル様が来なかったら帰ろうかと考えてました。」
エルザの言葉を聞いた俺は「はああ」と思いっきりため息をついてしまった。
なんだか急に疲れてきた。最初からエルザのことを無視して寝ているのが正解だったんじゃないか。
「じゃあ、もう帰りましょう?俺もう疲れましたよ。」
俺は城の方向に向かって歩き始めた。その時、俺の服が軽く引っ張られるような感覚を感じた。振り返るとエルザが俺の服を掴んでいた。
「・・・ごめんなさい。やっぱり諦めたくないんです。」
エルザは俺の服を掴んだまま、俯きながら言った。
「お願いします、タケル様。・・・私と一緒に来てください。」
エルザの言葉を聞いた俺はすぐに何も答えられなかった。
・・・
二人の間に静寂が訪れた。周囲の音などどこかに消えてしまったようだった。
その間、エルザは俯いたままでいた。
俺は諦めなのかもしくは別の感情なのか分からないが、覚悟を決めることにした。
「分かりましたよ、俺も行きます。」
「・・・」
俺の言葉を聞いたエルザは顔をぱっと上げた。俺の返事は予想外のものだったのか、エルザの表情は驚きに満ちていた。
「・・・本当に良いんですか?」
「ええ、一ヵ月はエルザさんの研究に協力するって約束しましたし、ここでそれを破るようなことはしませんよ。」
俺はエルザから目線を外して言った。これは半分本当で半分は別の理由だ。
本当はただエルザの悲しむ顔が見たくなかっただけなのかもしれない。
「・・・っ!」
エルザはすぐには何も答えなかったが、代わりにその顔が徐々に笑顔になっていくのが分かった。
「ありがとうございます!私、私頑張りますから!」
エルザは俺の手を両手で掴むとブンブンと振り回した。嬉しさのあまり、エルザはかなり興奮しているようだ。
「痛い!痛いですよ、エルザさん!ちょっと落ち着いて!」
「ああ、ごめんなさい!私ったらつい・・・!」
エルザは自分のやっていることに気が付くとすぐに俺の手を手放した。エルザは顔を真っ赤にしてまた俯いてしまった。俺も何だか照れてしまい、何も言えなくなった。
「・・・とりあえず出発しますか?」
恥ずかしさを誤魔化すため、俺は話題を変えるように言った。
「そうしたいところですが、先ほど乗る予定だった馬車がすでに出発してしまいまして、次の馬車は2時間後になるみたいなんです。」
「え!2時間もですか?」
思っていた以上に時間が余りそうだ。これは一回城に戻った方が良いかもしれない。
「・・・もしよかったら、この近くのお店がそろそろ開きますので、馬車の時間まで、朝ご飯を食べながらそこで一緒に待ちませんか?」
エルザは向こうの通りを指差しながら優しい笑顔で俺に言った。
エルザからこのような普通のお誘いがあるのは初めてだった。
そのことに気が付いた途端、俺は急に自分が緊張していく感覚を覚えた。
「・・・いいですね!行きましょう!その店、カーフィはありますか?」
俺は緊張している自分を悟られないように冷静を装いながらエルザの申し出を受け入れた。
「もちろんですよ!そこはカーフィが有名なくらいですから。タケル様もきっと気に入ると思いますよ!」
エルザは楽しそうに話しながら歩き始めた。俺もその後に続いた。
気が付けば朝日が昇っていて、その光が俺たちを照らしていた。
そのせいなのだろうか。俺はエルザの笑顔をいつも以上に眩しく感じた。




