第9話
「それじゃあ、明日の日の出とともに出発しましょう。ポイズンエイプの住処はここからだと遠いので遅刻しないで来てくださいね!」
「いやいや、絶対に無理ですって!」
エルザは勝手に話を進め出したので、俺は慌てて止めた。今回ばかりは協力できない。
「むっ、なんでですか?」
「普通に考えたらわかるでしょ!?一流の冒険者が採取するようなものを素人2人でどうにかなるわけないじゃないですか!」
少し不貞腐れているエルザに対し、俺は説得を試みた。
「でもタケル様って強いんでしょ?剣も魔法も一流だと聞いていますけど?」
「剣術や魔法が使えることと、冒険者の仕事は別です。確かに森や山でモンスターを倒したことはありますけど、冒険者の知識なんてないですし、どんな危険が待ち構えているのかなんて全く想像できません。それに・・・」
俺は話しながらエルザの顔を見た。エルザは「ん?」と言いながら、首をかしげていた。
「俺一人ならともかく、エルザさんのことも守れる保障なんて無いんです。申し訳ないですけど、俺の今の力じゃ、やっぱり協力できません。」
俺は素直に自分の未熟さをエルザに伝えた。自分で言っていて少し悔しい気持ちもあるが、いくら剣や魔法が上達したからと言っても、他人を巻き込んでまで危険は冒せない。
「ああ、そういうことなら大丈夫ですよ。自分の身は自分で守れますから!」
俺の言葉を聞いたエルザは、なぜだか自信に満ちた表情で答えた。
「・・・もしかして、エルザさんって魔法がかなり使えたりとかするんですか?」
「いいえ。まともに訓練したこともないですよ?」
「・・・じゃあ、何か武術に優れているとか?」
「うーん、武術の経験は特にないですね。」
「・・・」
俺は質問を続けながら何だか頭が痛くなってきた。魔法も武術も素人なのに一体どうやって自分の身を守ろうというのだろうか。
「もしかして、毒を使ってモンスターを仕留めることができるとか?」
ダメ元で俺はエルザに質問してみたが、それを聞いたエルザは少し怒ったような顔をした。
「タケル様、私は研究者ですよ!そんな暗殺者のようなこと出来るわけないじゃないですか!」
「だったら、エルザさんはどうやって自分の身を守るって言うんですか!?」
エルザの自信の源が分からず、結局怒ったような口調でエルザに聞いてしまった。しかし、エルザはそんな俺の口調を気にすることなく、すぐに笑顔に戻った。
「安心してくださいタケル様。私昔から運だけは良いんですよ。なので今回も大丈夫だと思います。」
エルザは胸を張って答えた。その答えを聞いた俺はしばらくの間呆然としてしまい、そのままがっくりと肩を落とした。
駄目だこの人。研究者のくせに肝心なところは勘や運で乗り切ろうとする。こんな人を理屈で説得しようとしても無駄なのだろう。・・・でも待てよ?
「ああそうだ!俺が良くても殿下は許しませんよ。俺は殿下の従者だから勝手に城を離れられませんし、エルザさんだって危険な場所に行くときは誰かの許可が必要でしょ?」
俺は自分の意見に自信を持ってエルザに言った。これならいける!慎重なヴィクターがこんなことに許可を出すわけがない。王子が駄目だと言えば、エルザだって諦めるはずだ。
「うーん、殿下や私の上司があっさり許可を出してくれるとは思えませんね。」
「そうでしょ!?だったら・・・」
「なので、許可なしで行きます。報告は事後でいいでしょう。」
は・・・?この人何を冗談みたいなこと言っているんだ?
俺は再度エルザの顔を見た。エルザは真剣な顔をしていた。この顔を見れば分かる。今言った事が決して冗談では無いということが。
「ありえない!さっきから聞いていれば全部運任せじゃないか!こんなこと絶対に止めるべきです!少なくとも俺は一緒に行きませんからね!」
俺はエルザから顔を背け言った。今回ばかりは絶対に諦めるべきだ。何もポイズンエイプの毒を研究出来なかったからといって、今までやってきた事が無駄になる訳ではないだろう。
俺たちがまず第一に大切にしないといけないは”命”のはずだ。
「・・・だったら良いです。もうタケル様には頼みませんから!」
エルザはソファーから立ち上がり言った。その声色がいつもとは違うものに聞こえたので、驚いた俺はすぐにエルザを見た。
エルザは顔を赤くして怒っているようだった。いつものような冗談で怒る感じでは無く、本当に怒っているのが伝わってきた。
「・・・」
エルザはそのまま研究室を出ていこうとしたので、俺は慌ててエルザを止めた。
「え、ちょっと、どこ行くんですか?まだ話は・・・」
「私一人でも行きますから。タケル様、私のことはどうぞお気になさらずに。それでは。」
エルザはそう言うと俺の方に向き直ることなく、部屋を出ていった。
「・・・」
しばらくの間、俺はエルザを待っていたが、結局エルザが部屋に戻ってくることは無かった。




