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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第三章
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第6話

(・・・ん?いつの間にか寝てた?)


俺は目を開けながら、徐々に意識が覚醒していくのを感じた。


(寝る前のことが思い出せない。)


俺は記憶を辿って何があったのか思い出そうとした。しかし、頭が重く、思考がうまく働かない。まるで二日酔いの時みたいだ。おまけに体が少し痺れているような感覚まであった。


「・・・あ!もう目覚めたんですね。思ったとおり、タケル様はすごい人です!」


聞きなれない女性の声が聞こえてきた。えーと誰だ?なんでこの人寝ている俺の近くにいるんだ?そうだ、さっき誰かが部屋を訪ねてきて・・・


「っ!」


俺はすぐに体を起こして女性の顔を見た。女性はこちらを見てニコニコとしていた。


思い出した。この人はエルザだ。俺はエルザに招かれて、話を聞きながらカーフィを飲んで、それで・・・


「ご気分はいかがでしょか?体のどこかに違和感などはありませんか?」


エルザは心配そうな表情を浮かべながら言った。状況を理解した俺は体が急に冷えていくような感覚を覚え始めた。


「あ、あんた・・・自分が何をやったのか分かってるのか?」


俺は怒りからなのか恐怖からなのか分からないが、自分の声が震えていることに気が付いた。


「ええ、最初の実験としましては、まずまずといったところでしょうか。」


エルザは答えながらも俺の方を見る事無く、ノートのようなものに何やら書き込み始めた。どうやら俺の言いたいことが全く伝わっていないらしい。


「そうじゃなくて!何で俺に毒を盛ったりしたんだ!?何かあったらどうする気だったんだ!?」


俺はエルザを責め立てながらテーブルを強く叩いた。しかし、エルザはノートに書くことに夢中で、俺のことなんか気にする素振りすら見せなかった。


「タケル様、私を何だと思っているのですか?私だってタケル様に何かあっては困ります。タケル様にはもっと色々な実験に協力してもらわなければならないのですから!」


ノートを書き終えたエルザはこちらを見て、少し頬を膨らましたような表情を作って言った。俺はエルザの言い分に怒りを通り越して呆れてしまい、開いた口がふさがらなかった。


「それに今回使用した毒は、命に危険を及ぼすようなものではありませんよ。」


エルザはそう言うと立ち上がり部屋を出て行き、しばらくしてから瓶のようなものを持って戻ってきた。


「これは“ゴーレムスパイダー”というゴーレム山脈付近に生息するモンスターの毒を集めたものです。今回タケル様に使った毒はこちらになります。」


確かゴーレムスパイダーは巨大な蜘蛛のようなモンスターで、ランクはB級だったはずだ。特徴としては、糸に引っかかった獲物に毒を打ち込み、何日か放置して弱ったところを捕食するといったものだったような気がするが・・・


「ちょっと待ってください!?ってことは、何日も気絶していたってことですか!?」


ゴーレムスパイダーの毒は少量で数日意識を失った状態になると聞いたことがあった。


「いいえ、タケル様が意識を失っていたのはおおよそ30分といったところではないでしょうか?」


・・・30分!?常人であれば何日も目覚めない毒に対し、俺は30分で覚醒したっていうのか?そんなことあり得るのだろうか?


「これがタケル様の持つお力なのです。毒に対して強い耐性を持っております。ポニシアアカダケの毒に耐性があっただけではないということが、たった今証明されました!」


何も答えられないでいた俺に対し、エルザは自信に満ちた表情で言った。


「それに私の予想では、一度摂取した毒は更に効きづらくなっているはずです。つまりこの実験を繰り返していくことで、タケル様はあらゆる毒を克服することができるのですよ!」


エルザは興奮しているのかテーブルから身を乗り出しながら言った。俺はエルザの立てた仮説に思わず考え込んでしまう。


(・・・確かに今後様々なモンスターと戦うことを考えると、ここで毒耐性を身につけるのもありなのか?)


こんなこと絶対に断って、金輪際エルザとは関わらない方が良いはずなのに・・・俺の中に迷いが生まれてしまい、どう答えるべきか分からなくなった。


ふと、エルザの顔を見ると、エルザはまだ見ぬこれからの実験に心を躍らせているようなとても楽しそうな表情をしていた。


(だけど、断りもなく毒を盛ってくるような女だぞ。全く信用できないんだが・・・)


「タケル様が迷われるのも無理は無いと思います。こんな非常識な手段を取る人間を信用なんてできないでしょう。」


エルザは急にしおらしくなり静かに言った。一応自分がやったことがとんでもないことだっていう自覚はあったのか。


「でも私にだって目的があるんです!毒で苦しむ人を助けたい。この世界から毒によって生まれる悲しみを無くしたい。そのためなら私にできることは全てやりたいのです!」


エルザは真剣な表情で俺を見て言った。エルザの言葉に嘘は無いように思えた。エルザにもきっと何かがあるのだろう。だからこそ強硬手段に出てまで、毒の研究を進めたいのかもしれない。


「・・・」


俺はエルザの目を見た。とても純粋で悪意なんて微塵も感じられなかった。


「建国祭までですよ。」


俺はエルザの目を信じることにした。


「え?」


「建国祭までなら協力します。そこからは多分俺も忙しくなるから協力できないと思いますけど、それまではエルザさんの研究を手伝いますよ。」


俺はため息をつきながら答えた。自分で了承したにも関わらず、この決断に後悔しているような気がした。


「・・・っ!」


エルザは何を言われたのか分かっていない様子だったが、次第にその表情がぱっと晴れていくのが見てとれた。


「本当に?本当に良いんですか!?後でやっぱりなしっていうのは駄目ですよ!」


「そんなこと言いませんよ。もう強制的に一回協力しているわけですし、ここまで来たらとことんやりますよ。」


俺は覚悟を決めて言った。その言葉を聞いたエルザはさっと立ち上がると部屋を出てどこかに行こうとし始めた。


「ちょっと!どこ行くんですか!?」


「他の毒を持ってきます!少し待っててください!」


「え、これからまた実験するんですか!?」


「もちろんです!タケル様、建国祭まで時間がありません!試せるものは全部試さないと!」


エルザはそう言うと俺の返事を待つことなく部屋を飛び出して行った。


「・・・」


ああ、やっぱり俺の決断は間違いだったのかもしれない。

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