第5話
「特効薬ですか・・・?」
意外な答えに俺はいまいちしっくり来なかった。
「薬を作るのであれば、薬の開発を行った方が手っ取り早いんじゃないですか?なんでわざわざ真逆の毒なんて・・・?」
「仰る通り、薬草などの研究から毒に効く新薬を開発するべきだ、そのような意見を言う方は多いです。実際に同業の研究者からも似たようなことを言われたことがありますし・・・」
エルザは俺の答えに対し、今度は怒ることはなかったが、少し困ったような顔をして答えた。その顔を見た俺はなんとなく、エルザはエルザで色々と苦労をしているのだと思った。
「しかしですね、毒があるから薬を作るというだけでは限界があります。毒といっても様々な種類があるんですよ。植物の毒やモンスターが持つ毒、それに・・・」
エルザは言葉を詰まらせ少し悲しそうな顔をした。
「最近では人を殺すために人が新たな毒を作っているのです。そんな人間がいるんなんて信じたくありませんが、存在することは事実です。」
そうなのか・・・てっきりこの世界は剣と魔法のファンタジー世界だとばかり思っていたが、俺のいた世界のような人の殺し方もあるんだな。
いつ、どんな世界でも人の悪意というものはあるのだと分かり、俺もなんだか悲しくなった。
「だからこそ私は、あらゆる毒の研究を行い、その毒が人にもたらす効果を細かく把握したいのです!そうすれば、誰かが服毒してしまっても、その人を見てすぐに何の毒か分かれば、すぐに適切な薬を処方することや治療を行うことも可能となるでしょう!」
なるほど、毒の研究とはそういうことか。様々な毒の特徴を研究することで、迅速かつ適切な処置がより可能となる訳か。思った以上に実践的な研究で俺は感心した。
「へえ~すごいですね!素直に感動しました!俺応援するんで研究頑張ってください!」
「なに他人事のように言っているんですか!?タケル様にはこの研究の当事者になってもらうんですよ!」
エルザは少し怒りながら言った。ああ、そういえばそもそも、俺に協力してほしくてエルザは俺を訪れたんだっけ。だけど・・・
「毒の研究の意義は十分に伝わりましたけど、何でそこで俺が登場するんでしょうか・・・?」
俺はここに連れてこられた最大の疑問がまだ解消できていないと思い、エルザに質問した。
「先ほどタケル様のお部屋でも少しお話ししましたが、ポニシルアカダケの毒に耐えられる人間なんて聞いたことがありません。タケル様は不思議な方だと思います。だけど私、そのことで一つの考えが浮かんだんです!」
エルザは目を輝かせながら言った。何となく嫌な予感がしてきた。
「タケル様はあらゆる毒に耐性があるんじゃないかって!だからどんな毒がタケル様に効くのか試してみたいって思ったんです!」
「・・・は?」
エルザの話す勢いに飲まれそうになったが、すぐに冷静になった。毒を試すってつまり・・・
「もしかして俺を人体実験に使おうって訳じゃないですよね!?」
「人聞きの悪いこと言わないでください!研究ですよ研究!タケル様の協力で様々な毒の効果を研究したいんです!」
エルザは言い方を変えているが人体実験をしたいと言っていることには変わりなかった。
「ちょっと冷静になってください!仮に俺にポニシルアカダケの毒の耐性があったとしても、他の毒に耐性があるかなんて分からないじゃないですか!?」
「安心してください!私の勘がタケル様であれば大丈夫だと言っています!」
研究者にあるまじきことをエルザは堂々言った。やっぱりぶっつけ本番でやろうとしているんじゃないか!
「・・・申し訳ないですけど、俺にはやらなきゃいけないことがあるんで。死なないとしても長期で動けなくなる危険は避けたいんです。」
俺は話しながら、恐る恐るエルザの顔を見た。協力を拒否したことで急に怒り出すと思ったからだ。しかし意外にも、エルザは穏やかな表情のままだった。
「・・・知っていますよ。あなたは何か目的があってこの城にいるのだというを。」
「えっ?」
エルザの思わぬ言葉に俺は思考が止まってしまった。俺が勇者としてこの城にいることは今の所、ヴィクターの他にカーレイド王とセレナしか知らないはずだ。エルザは何を知っているというのだろうか。
「えっと、それってどういう?」
「ああ、ごめんなさい、そんなにびっくりなさらないで。詳しいことは何も知らないですよ。ただあなたはただの殿下の従者って感じがしなくて・・・特別というか、そんな感じのことをメイドたちが話していたものですから。」
ああ、そういうことか。てっきりどこからか情報が漏れてしまったと思い焦ってしまった。
しかし、目立たない様に過ごしてきたつもりが噂になっていたとは・・・確かにいつも従者として働いているわけでもないのに、ヴィクターとは一緒にいるわけだし、訳アリな人間だと思われるのも無理はない。今後はもっと気をつけないといけないな。
「でもタケル様の目的はそう簡単に成し遂げられるものではないのでしょう?これは想像ですが、その目的は命を懸けてやることなんじゃないかって思うのです。例えば、凶悪なモンスターと戦わなければならないこともあるのでは?」
俺は思わず冷や汗をかいてしまった。本当はエルザは全てを知っているんじゃないかって疑ってしまう。
「それであれば、私の研究はタケル様のお役に立つはずです!」
エルザは目を輝かせながら言った。この人、俺が協力するって言うまで絶対に諦めないつもりだ・・・
「どうして研究が役立つんですか?」
「モンスターの中には強力な毒を持つものも数多くおります。タケル様はそれをご存じでしたか?」
「・・・」
毒を持ったモンスター・・・言われてみれば、そんなモンスターがいてもおかしくない。そんなモンスターの対策などせず、旅に出ていれば、命の危険もあったかもしれなかった。
「やはり、知らなかったのですね。でも、安心してください。私はこの世界のあらゆるモンスターの持つ毒を把握しております。ここで事前に毒の対策を行うことが出来れば、きっとタケル様にとって大きな力となることでしょう。だからこそ、タケル様!絶対に研究に協力すべきなのです!」
エルザは話している内に熱が入ってしまったのか、顔を思いっきり俺に近づいてきた。俺は自分の顔が熱くなっていくような気がして、すぐにエルザから顔を背けた。
「・・・せっかくですけど、やっぱり危ないことはできないです。それに協力するかしないかはいったん殿下に相談してから・・・ん?」
さっきからどうも体中の汗が止まらないような気がした。顔が熱いのも気のせいではなさそうだ。エルザの言葉に焦って冷や汗をかいているのかと思ったが、それどころの汗では無い。しかも何だか痺れまで感じてきた。
「あ・・・れ?うま・・・く・・・声が?」
痺れは舌まで回ってきた。どう考えてもおかしい。俺はハッとしてエルザの顔見ると、エルザはこちらを見て穏やかに微笑んでいた。
「すみませんタケル様、元々タケル様にご選択いただくつもりは無かったのです。もうすでに実験は始まっているんですよ?」
エルザは相変わらず笑顔のまま答えた。いつ?どのタイミングで俺は毒を盛られたんだ?
だんだん俺の意識ははっきりとしなくなり、そのままソファーに倒れ込んだ。エルザはそんな俺を横目に優雅にカーフィを飲んでいた。
”この世界では珍しい俺好みの苦みのあるカーフィ”
そうか、カーフィが妙に苦かったのは毒の味を誤魔化すためだったのか。
俺は意識を失っていく最中、真相に気づくことができた。
同時に俺は思った。とんでもなく危険な女に目を付けられてしまったということを。




