外伝 セレナ 第2話
それからヴィクターは勇者の予言の話をしてくれた。その話は将来、異世界から勇者と呼ばれる人間が現れ、東の果てにいる魔王を倒すというものだった。
今まで多くの書物を読み漁って自分なりにこの世界のことを知ったつもりでいたが、勇者などという存在は初めて耳にした。
「なんで私にそんな話をしてくれるの?」
私はヴィクターの話の内容よりもまず、最初から気になっていたことを質問した。聞けば、予言の話はカーレイド王国の王位を継ぐ者のみが知ることを許されるようだ。いくらヴィクターと将来結婚するといっても、私が知って良い事では無い気がした。
「僕はね、どんな時でも剣術の稽古だけは欠かさないんだ。王になる者として学ばないといけないことも多いけど、それでも時間を見つけて自分なりに稽古を重ねているつもりだ。」
ヴィクターは目を閉じ、胸に手を当てながら話し始めた。私は黙って話を聞き続けることにした。
「勇者と呼ばれる人がどんな人か分からないけど、きっと僕たちと同じように嬉しいことが会ったら笑い、悲しいことがあったら泣く、普通の人だと思うんだ。なんとなくだけどね。そんな人が一人で魔王に挑むなんてあまりにも残酷な事じゃないか。」
「だからね、僕は勇者と一緒に旅に出て、魔王討伐に協力しようと考えている。そのために剣を鍛えているってわけさ。・・・そこで、その計画にセレナにも協力してほしいと思ってね。だからこの秘密を話したんだ。」
ヴィクターは話し終えると、私に向かって悪戯に微笑んだ。私はぽっと顔が熱くなるのを感じた。・・・そうじゃない!何を考えているの私は!冷静にヴィクターの目的を聞きださなきゃ!
「・・・それで私に協力ってどんなこと?」
私は心の動揺を表情に出さないように注意しながら、ヴィクターに質問を続けた。
「一緒に魔王討伐の旅に出てほしいんだ!セレナの魔法の腕前はカーレイドでももっぱらの噂だよ!僕は魔法の方はからっきしだからね。きっとセレナの魔法があれば、魔王だって敵では無いはずさ!」
魔王討伐の旅・・・全く想像もしていなかった世界、いや、かつて冒険することを夢見ていた幼かった私が望んでいた世界かもしれない。しかし・・・
「ごめんなさい、私はこの国の王女だから、そんな勝手許されるわけがないわ。」
私はヴィクターに頭を下げて言った。一瞬だけその魅力的な提案に引き込まれそうになったが、すぐに考え直し断りを入れた。
「そのことなら心配ないさ!なんてったってセレナは僕の婚約者だからね!将来僕は諸国を外遊するって名目で勇者の旅について行くつもりだけど、セレナは婚約者という立場で僕についてくればいい。そしたらそんな足枷、無いも当然さ!」
ヴィクターは私の懸念など全く気にしていなかった。実際にそんなことが実現可能なのだろうか。しかし可能性がゼロとも言い切れない。今まで諦めていた夢が心の奥から溢れ出してくるのを感じた。
「大切なのはセレナがどうしたいかってことさ。セレナが嫌なら無理強いなんて絶対にしない。ねえ、セレナ?君は冒険に行きたくないのかい?」
ヴィクターが不思議そうな顔で聞いてきた。
私の気持ちか・・・私は王女としてこの提案を断らなければならない、むしろヴィクターのことを窘めなければいけないはずだ。しかし、それは私の本心なんかじゃない!
「行きたい!私だって冒険したい!」
王女としての建前などいつの間にかどこかに行ってしまっていた。私は心の底からの思いをヴィクターにぶつけた。
「そうだろ!やっぱりセレナならそう言ってくれると思っていたんだ!そうと決まれば、早速具体的な計画を・・・ってセレナ?急にどうしたんだい?」
「え?・・・あれ?」
ヴィクターに言われて初めて気が付いた。涙が頬を伝っている。私はいつのまにか泣いていた。止めなきゃっと思っても涙が止まらない。それどころか涙の流れる量は次第に増えていった。
「あ、あの・・・ごめ、ごめんなさい。あれ?急になんで?」
次第に嗚咽も止まらなくなり、うまく話せなくなってしまった。ヴィクターはどうしたら良いのか分からず困惑しているようだった。
・・・
その後私は涙を止めることが出来ないところか、大声で泣き始めてしまい、その声を聞いた家臣たちが部屋に一斉に入ってきたため、ヴィクターは慌ててバルコニーから逃げ出していったのだ。
後にも先にもあんなに泣いたのはあの時だけだろう。しかし、あの時からなのだ、灰色だった私の心に色が戻ったのは。
私にとって何よりも大切にしたい一番の思い出だ。




