第15話
「俺が死ぬ・・・?」
「うん、間違いなく。タケルは私と違って剣術の心得もあるけど、それでも魔王には到底敵わないと思う。そもそも人族が竜族を倒そうとするなんて馬鹿げてる。そんなこと、この大陸の長い歴史で一度も起きたこと無いんだから!」
自分が死ぬなんてこと全く想像できなかった。この世界では俺は異常なスピードで体も魔力も強くなっていく。セレナには以前、少しだけ俺の成長する能力の話をしたことがあるから、それについてセレナは承知のはずだ。その上で俺が死ぬとはっきり言ったのだ。
「でもやっぱり分からない。それならなんで俺に魔法を教え続けてくれたんだよ?」
俺が魔王に勝てないというセレナの話は理解できたが、それなら今まで一生懸命俺を鍛えてくれたのはどうしてなのだろうか。
「・・・本当は3人で魔王を倒しにいくはずだったの。」
「3人?」
「あんたとヴィクター様、それに私。その3人で魔王を倒しに行くって昔からヴィクター様と話していたのよ。」
セレナはため息をつきながら答えた。確かに俺の訓練が終わったら旅を出る際、少ない人数ながらも仲間と一緒に旅に出ることになるということはヴィクターから簡単に聞いていた。
しかし、それがカーレイド王国の王子とトランテ王国の王女だなんて夢にも思わなかった。
「いや、俺はこの世界のことまだそんなに知らないけどさ、さすがに一国の王子様と王女様が魔王討伐に行けるわけないだろ!」
「表向きはヴィクター様の諸国訪問。外交はもちろん見聞を広めるための旅ってことで魔王領にも行こうって計画だった。私は婚約者として、あんたは従者として同行すれば、3人一緒に行動できるしね。」
セレナは自信満々に話すが、俺にはやはり無理がある計画に思えた。
「でもいくらカーレイド王国の王子といっても簡単に魔王領には入れないと思うけど。」
「今までの魔王なら確かに魔王領に入った途端死んでるわね。しかし、今の魔王は違う。魔力は桁違いに強いけど、人族とは仲良くしたいと考えているのは明らかだわ。そこを利用して両国の交流と見せかけ、魔王城に入ったら一気に倒してしまおうって考えてたってわけね。」
セレナは誇らしげに話をした。その表情を見るにこの計画の大半はセレナが考えたに違いないと俺は思った。
「でもね、もうそれはできないの・・・」
「どうして?」
「今回カーレイド王国に来てすぐにヴィクター様から言われたの。『今僕が国を離れるわけには行かない』ってね。カーレイド王の体調が悪化してから、多くの政務をヴィクター様がやるようになったみたい。今その状態で国を長期で空けるなんて、ヴィクター様の選択肢には無いってことらしいわ。」
セレナは表情を暗くして言った。そこにはどこか諦めのようなものも感じられた。
「私さえついて行ければ、あんたとヴィクター様をサポートして魔王も倒せるかもって思ってた。まあそれでも可能性は高くないけど。だけど私はそう思っていつも、魔王と戦うために訓練をしていたの。・・・まあ全部無駄になっちゃったけど。」
セレナは話をしながら、手のひらに小さな水の球を作った。セレナの水魔法だ。改めて見るとセレナの魔法はとても美しいものに感じられた。
「もしあんたがこのまま魔王討伐の旅に出るなら、きっとヴィクター様が選び抜いた精鋭がそばについてくれるでしょう。でもねタケル、その時は私もヴィクター様もいないの。あんたが本当に困った時、私たちはあんたを助けることはできない。最悪あんたは一人で魔王に挑まないといけないかもしれない。それでも、あんたは魔王を倒したいの?」
俺はセレナの問いに何も答えられなかった。ヴィクターやセレナがいない。この二人にはいつも助けられてきた。俺がこの異世界でやってこれたのは、ヴィクターやセレナの存在があったからかもしれない。
しかし、実際に魔王を討伐するために旅立てば、この二人とは離れることになる。一緒に旅に出る仲間だって心の底から信頼できる人間とは限らない。
「ねえ、もういいじゃない?勇者って役目なんて忘れちゃってさ。」
答えに迷いだした俺に対してセレナはすがるような目をして言った。
「魔王はとんでもない化け物かもしれないけど、今のところは人族と仲良くしたいって考えているわけだし、ほっといたって無害よ。今は戦争をしているわけでもないんだし。」
「それに・・・そのうち私がヴィクター様の元に嫁いで、あんたは従者としてそばにいれば、この国でずっと3人で楽しく過ごせるわ!それでいいじゃない?あんたはそんな未来に何か不満があるわけ?」
セレナは真剣な表情でこちらを見ながら言った。すこし頬が赤くなっている気がした。俺は今の話がセレナの本当の気持ちなのだと分かった。
セレナの言う通りなのかもしれない。別に俺は勇者といってもこの世界の魔王に恨みがある訳でもないし、そんなやつ相手に命を懸けて戦って死ぬなんて馬鹿らしい話だ。
それに今こうやってヴィクターやセレナと過ごす日々も悪くない。こんな日々がいつまでも続けばそれは幸せと言えるのではないだろうか。
「俺は・・・っ!」
セレナの話に同意しようかと思った瞬間、脳裏に父さんと母さん、それに妹のルカのことが頭に浮かんだ。もう何年も会っていない。ルカとは最後まで喧嘩してばかりだった。まともに仲直りなんてしたこともなかった。
「・・・」
「どうしたのよ?」
急に口を閉ざした俺を心配したのかセレナが俺の顔を覗き込みながら言った。
そっか俺、ルカとちゃんと仲直りしたかったんだ。それでもう一度兄妹としてやり直したかったんだよな。だから俺は魔女の奴隷になってまで妹を生き返らせこの世界に来たんだ。
だったらもう一度ルカに会わないとだめだ。このまま会わなかったら一生後悔する。
「・・・ごめん、セレナ。」
「え?」
「セレナの言ってくれたことはすごい嬉しい。俺もヴィクターとセレナの3人でずっと一緒に過ごせたらって思ってる。」
「だったら!」
セレナは何かを察して反論しようとしてきたが、俺はセレナの言葉を遮って話を続けた。
「それでもどうしても元の世界に帰らなきゃならないんだ。もう一度会わないといけない奴がいる。俺はそいつに会って今までのことちゃんと謝りたいんだ。」
「帰るためには魔王を倒さなきゃならない。倒せるかどうかは関係ない!これは絶対にやらなきゃ後悔することなんだ!」
俺の言葉に対し、セレナは何も言わなかった。しかし、セレナの目から一滴涙が流れたのが見えた。
・・・
「はあ・・・たく、あんたって本当にバカよね。私がここまで言ってあげてるっていうのに。どうしようもないくらいのバカよ、バカ!」
しばらくして、セレナは袖で涙を拭ってから、そっぽを向いて言った。
「何だと!」
いつもの調子でセレナが言うものだから、俺も思わず喧嘩腰に返事をしてしまった。
「待ってる人がいるならしょうがないか・・・なら私が言うことは一つだけよ!」
「・・・え?」
「魔法の試験は合格よ!ご・う・か・く!もう魔王討伐なりどこへでも好きな所に行っていいわ!」
セレナは笑顔を見せて言った。何だかその笑顔はとても優しくて、寂しくも感じられるものだと思った。




