第13話
俺はセレナのいる場所に急ぐため、城内を走って進んだ。早朝なのであまり騒がしくしたくなかったが、今は時間がない。
セレナはたいてい朝日が昇る時間になると、城を囲んでいる城壁の最上階、いわゆる「胸壁」と呼ばれる場所で、朝日を見ながら魔法の訓練をしているはずだ。
別にそこで出会えなくても、また別の時間に別の場所でセレナに会えば良いだけの話なのだが、なんとなくこの時間を逃したくないと思った。
・・・
俺が長い階段を上っていくと、目的地である胸壁に到着した。外に出ると予想通り、セレナはぼんやりと朝日を眺めているところだった。
「セレナ!」
「へえ?わあっ!びっくりした!もう急に声かけないでよ!」
俺が来ることなんて予想していなかったセレナは驚きと不満の声をあげた。ムッとした顔をしているが、俺は構わず話を続けた。
「あのさ、その・・・話があるんだけど。」
「・・・実は私もある。まあ、いいわ。タケルから話して。」
セレナは俺と目線を合わせずに言った。なんだか俺と話すことをためらっているみたいだ。
いつも白黒はっきりしているセレナにしては珍しい態度だった。
「もう一度魔法を見てほしいんだ。それで今の俺を判断してほしい。」
俺は真剣にセレナの目を見て言った。
「・・・わかったわ、もう一度見てあげる。」
セレナはすぐに了承してくれた。
「ありがとう。セレナ。」
「お礼は試験に合格してからにしなさい。いつでも始めて良いわよ。」
セレナは笑顔で言った。しかしいつものような自信に満ちた笑顔というより、どこかその笑顔は悲しげだった。まるで何かを諦めたような・・・俺にはそんな笑顔に思えた。
「了解。じゃあ始めていくぞ。まずはファイアボールから。」
俺は深呼吸してから目を閉じた。セレナの事は少し気になったが心を無にすることにした。今はこの5日間で得たものを出し切ることに集中しなければならない。
俺は目を開け、手のひらに意識を向けた。考える間もなく、小さなファイアボールが出現した。
以前の俺だったら、巨大で強力な魔法を使うことばかりに囚われていたと思う。でも今はこれで十分だ。これまでの魔法と違うってことは、セレナなら分かるはずだ。
俺はしばらく手のひらにファイアボールを浮かべ続けた。セレナは何も言わず、じっと俺の魔法を見ていた。特に合図は無かったが、俺は次の魔法に移ることにした。
「次はファイアアローな。」
俺はファイアボールを消し、今度は矢の形をしたファイアアローをつくった。以前は先が尖っただけの火の魔法だったが、今は違う。矢の形も火も本物のようだ。
5日間の特訓はファイアボールだけでなく他の火の魔法の質も変化させていた。
・・・
その後も俺は他の火の魔法や光魔法を使い続けた。光魔法は正直自信が無く、うまくいくかは一か八かだったが、火魔法と同様に「自然」に使うことができた。
光魔法は火よりも改善することが難しかった。しかし、つい数時間前、やっとその感覚を身に付けることができた。
もう少し練習すべきかとも思ったが、気が付けばセレナの元に走り出していた。その時はどうしてだか、「絶対にうまくいく」という気持ちが溢れていたのだ。
・・・
「これで全部だけど、もう少し見せるか?」
俺はライトヒール以外の全ての魔法を見せた後、セレナに聞いた。セレナは目を閉じたまま、しばらく何も答えなかった。
セレナは沈黙したままだが、俺には何の不安も無かった。全て出し切った、もう後悔なんて何もないっていうくらいに。これで駄目だって言うんなら、また一から訓練を始めるだけだ。
「・・・」
セレナはしばらくしても何も言わなかった。正確には何か話そうとしているが、どう言ったらいいのか分からない様子で、「あー」とか「うー」とか言いながら、綺麗な髪をくしゃくしゃとかき回していた。
相変わらずの王女様だと思ったが、茶々を入れること無く、俺は黙ってセレナが話し始めるのを待った。
「あのさ、タケル。その・・・ごめん。」
セレナは静かに頭を下げて言った。




