第8話
「・・・あっはっはっは、それでさ!」
「・・・きゃはは、なにそれ~!」
唐突に周りが騒がしくなっていることに俺は気が付いた。どうやら俺はいつの間にか城を出て、東部地区の飲食店が立ち並ぶ通りを歩いていたようだ。
東部地区は中流層の平民や兵士たちが多く住んでおり、居住区の他に居酒屋などの飲食店も多く存在する。俺自身、この世界で成人してからはよく飲みに来る場所だ。
「・・・はあ。」
俺は先ほどまでのセレナとのやり取りを心の中で振り返っていた。明らかに俺の言い過ぎだった。セレナの教え方はともかく、彼女は遠い他国まで足を運んでくれて、一生懸命俺に魔法を教えようとしていたのだ。
トランテ王国は隣国といっても、カーレイド王国の王都までは馬車で三日はかかる。
それに馬車だって安全とは言えない。道路だって整備されている所ばかりではないし、盗賊や山賊のような悪い奴らに出くわすこともあるのだ。
このような環境で、セレナは命を懸けてカーレイド王国まで来てくれたというのに・・・
俺はそんな彼女を傷つけてしまった。
「あああ!もう!」
俺は立ち止まり自分の髪をくしゃくしゃとした。本当に自分が嫌になる。これじゃあルカと喧嘩していたときと一緒じゃないか。
「ちゃんと謝んないとな。ああ、気が重い・・・ん?」
俺は憂鬱な気分に浸っていると、ふと見知った顔が目に入った。
トミーだ。トミーはこの辺りに住んでいるので、仕事からの帰宅途中なのかもしれない。
「おい、トミー!」
「・・・ん?ああ、なんだタケルか。お疲れ、お前も仕事終わりか?」
トミーに近づき話しかけると、トミーは弱々しい笑顔を浮かべながら俺に答えた。
「なんだか元気ないな?何かあった?」
「・・・それがさあ、聞いてくれよ。俺昨日夜勤当番だったろ?」
「ああ。」
トミーは兵団の中では下っ端なので、城内、城外の夜間警備という仕事を持ち回りでやらなければならない。それが夜勤の主な仕事だった。
「まあそれ自体は何も問題無く終わったんだけど、朝になって帰ろうとしたら日勤のリックが急に休みやがってよ。そんで隊長が俺にそのまま仕事に入れって言ってきてさ。」
「酷い話だ。」
リックはトミーと同じ隊の兵士である。美形の部類に入る顔立ちをしているが女癖の悪い奴だ。多分だが今日の欠勤も女絡みだろう。今回のようなことはこれが初めてではない。
「だろ!でも隊長の命令だから逆らえないし、俺はそのまま日勤の仕事もしたってわけよ。で、今やっと仕事が終わって家まで帰ろうとしているところなんだ。」
「そっか、それは災難だったな。まあそれはそれとして、とりあえず飲みに行こうぜ!」
「お前全く話聞いてなかっただろ。俺は昨日から寝てないんだって。・・・まあいっか、明日は休みだし、ちょうど言いたい愚痴も溜まってきたところだったしな!」
トミーは「よっしゃ行くぞ!」と言いながら歩き始めた。はあ、トミーに会えてよかった。こうムシャクシャするときは楽しく飲んで嫌な事なんて忘れてしまうに限る。
(・・・そういえばセレナ泣いていたよな。)
ふと、俺はまたセレナとの口論を思い出してしまう。涙をこらえるセレナの顔が忘れられそうになかった。
(・・・いつから嫌なことがあると酒で誤魔化すような大人になってしまったんだろう。)
俺はこの三年間で変わってしまったらしい。昔はそんな大人にならないと思っていたのに、今じゃこの有様だ。
「・・・おーい、どうした?早く行こうぜ!」
気が付けばトミーとかなり離れてしまっていた。俺は頭を振って今考えたことを忘れようとした。
俺はトミーの元に駆け出した。別に俺だけが悪いってわけでは無いし、セレナだって悪かったんだ。それに一晩経てばセレナの機嫌だって治るはずさ。
「待てよ!トミー!」
トミーの元にたどり着いた頃には、俺は既にこれから飲む酒のことで頭が一杯になっていた。




