第5話
ヴィクターとセレナは中庭に移動し、そこに用意されたテーブルに腰がけ、お茶を楽しみながら話を続けることとなった。
そうは言っても、二人きりで積もる話を語り合うというわけにはいかない。そばにはカーレイド王国側のメイドが居て、トランテ王国側のセレナの従者も同様にセレナの背後に控えていた。
そのため二人は自分達の話ではなく、それぞれ直近に起きた国の出来事を教え合ったり、そこから話を発展させて経済政策といった難しい話題に花を咲かせていた。
「さて、お茶会はもう十分だろう。皆下がりなさい。」
ヴィクターがそう言って手をたたくと、メイドたちはさっと場を離れていった。さすがヴィクターの下で長年働いているだけあって慣れている。セレナの方も同様の指示をセレナが出すと、従者はすぐにこの場を離れた。
「おっと、タケル。君には一緒に話を聞いてほしいから、ここに残ってくれ。」
俺がメイドや従者と同様に場を離れようとすると、ヴィクターに呼び止められた。俺は苦虫を嚙み潰したような表情をヴィクターに向け不満を訴えたが、ヴィクターはそんな俺に気づかないフリをして話を続けた。
「じゃあ、これでこの場は僕とセレナ、そしてタケルだけになった。それじゃあセレナ、本題に入ろう。」
ヴィクターが真剣な表情でセレナを促すと、セレナは両手を頭の上で思いっきり伸ばしながら、「ん~~~~!」と伸びをした。
「はあ、やっと楽になった。ああ、もう疲れた。」
セレナはそのままテーブルに突っ伏してしまう。ついでに両足を椅子の下でバタバタし始めた。
王女としての化けの皮がはがれ始めた。
「はあ~~、本当にカーレイドって遠いわね。何日かけてここまで来たと思ってんのよ。しかも理由がこいつのためと来たんだから。」
セレナは俺の事を睨みながら言った。
「・・・別に来てほしいなんて頼んでないんだけど。」
「あんたよく、わざわざ遠方から来た師匠に向かってそんなことが言えるわね。ホント失礼な奴!私だってあんたなんかに会いたくなかったわよ!」
セレナはそう言うとぷいっと顔を背けてしまった。ああ、今回は特に不機嫌モードだ。これは厄介なことになりそうだ。
「まあまあ、久しぶりに会って早々に喧嘩を始めることはないだろう。二人とも本当に素直じゃないんだから。」
ヴィクターは俺達を宥めながらも、口元の緩みが隠せていなかった。これは内心面白がっているな。ヴィクターは俺達のやり取りをいつも楽しんで見ている節があった。
「・・・まあ、折角来たんだから今回も特別に魔法の指導をしてあげるけど、前回から全く成長してなかったらタダじゃ済まさないから!」
セレナは顔を背けたまま言った。まだ不機嫌のままだが、ヴィクターからの頼みはちゃんと聞くようだ。
・・・
トランテ王国第二王女セレナ。一見おしとやかで王女らしい王女であるが、本性はガサツで怒りっぽく、とんでもなく面倒くさい女だ。だが魔法の腕はトランテ王国随一で、俺の魔法の師匠でもある。
俺がこの世界に来て一年ぐらい経った時、ヴィクターからセレナを紹介された。セレナは俺が勇者であることも知っている数少ない人間で、ヴィクターの頼みで、わざわざトランテ王国から魔法を教えに来てくれたのだ。
最初は美人な王女様から魔法を教えてもらえると分かった時、楽しみで訓練前日は夜も眠れなかったくらいだった。しかし、その幻想は訓練開始早々崩れ去った。
まず訓練のやり方が壊滅的だった。魔法を見せてくれるっていうからドキドキしながら待っていたら、間髪入れず俺に魔法をぶつけてきたのだ。当時のセレナが言うには「体で覚えないと意味がない」とのことらしい。多分言葉の意味を間違えて覚えていると思う。
また肝心の魔法指導も何を言っているのかさっぱり分からない。剣の師匠であるエドマンド兵士長は、冷静に理屈を用いて俺の欠点を指導してくれるので改善点が分かりやすかったが、セレナは基本的に擬音語を多用する。
「そこはサーとやってワーってやればいいでしょ!」
「そうじゃなくて、グワァってきたのをドオーンてすればいいだけじゃない。なんでこんな簡単なことが分からないの?」
こんな感じで常に怒りながら指導してくるもんだから訓練を始めて間もない頃はかなり精神的に参ってしまった。魔法訓練の日は部屋から出れなくなりそうになったくらいだ。
それでも何とか自分なりに魔法の力を伸ばし続けていったのだが、昨年事件(俺の中で)が起きた。
ヴィクターが公務としてトランテ王国に赴いた際、俺たちはトランテ王国が所有する王都近くの湖畔の別荘に泊まることになったのだが、この公務での滞在は表向きの理由で、本当はいつまで経っても魔法の力が伸びない俺に対し、業を煮やしたセレナが俺を鍛え上げるための滞在だった。
これが地獄だった。訓練という名の拷問は10日間続き、日によっては訓練が深夜まで続くこともあった。
その間、セレナは俺に魔法を浴びせ続けるか、意味の分からない擬音語の罵倒を続けるだけだった。正直あの訓練で得られたものは無いと思う。
・・・
このようなことがあって俺はセレナのことを苦手にしていた。正直、二度と会いたくないとも思っていた。しかし、今回のセレナの滞在中に俺は魔法の合格をセレナから貰わなければならない。
「じゃあ、早速だけど見せてくれるかしら?」
セレナは立ち上がり、こちらを見ながら言った。その表情はカーレイド王に見せていたような王女としてのものではない。魔法の天才と言われ、魔法に関していつも真剣なセレナそのものの表情だった。
俺はゴクっと唾を飲み込みながら、無言で頷いた。




