第20話
トミーと別れ、屋敷に戻った後、俺は今日の訓練についてヴィクターに報告した。ヴィクターは「さすがタケルだな!」と自分のことのように喜んでくれたので、俺も少し嬉しくなった。
報告後にヴィクターは屋敷の使用人を紹介してくれた。昨日まではいなかったが、今日からは俺の身の回りの世話をしてくれる人が必要ということで、ヴィクターが城から連れてきたらしい。シェフのような人やメイドさん、執事っぽい人もいた。どの人たちもヴィクターが信頼できる人たちらしいが、俺が勇者であることは知らないとのことだった。
夕食は一人で取ることになった。ヴィクターも本当は一緒に取りたかったらしいが、王族としての仕事が忙しいらしく使用人を紹介した後にすぐに屋敷を出てしまった。俺は出された料理を黙々と食べた。味は素晴らしかったが一人で食べる食事は何だか味気なかった。
夕食後、部屋に戻った俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。何だかでとても緊張していたらしく、今になって急に疲れを感じ始めたようだ。
このまま眠ってしまいそうだ・・・と思いつつも、頭で今日の事について振り返り始めた。
・・・
「やっぱり、おかしいよな・・・」
訓練中は気にする余裕が無かったが、今となっては不思議な体験をしたような気がした。そのことが気になり始めると、途端に先ほどまでの睡魔はどこかに行ってしまった。
気になったこと、それはトミーとの戦いのことだ。トミーには申し訳ないが、俺からすると正直トミーはそんなに強くなかったように感じた。しかし周りの反応を見るとトミー自身もかなりの有望株らしい。
なぜそんな将来有望なトミーを俺はあっさり倒すことができたのか。俺は天井を見ながら思案していると、可能性のありそうな考えがいくつか浮かんできた。
その一つは、俺自身の才能がすごいというだけだ。
自惚れのような考えなので正直俺は好きではないが、一旦俺自身にとてつもない才能があったと仮定する。それならばそんなに難しい話ではないのだが、俺は過去の経験からこの説はなしだと考えた。
俺は中学で剣道部に所属している。実際に部活は毎日真面目にやっていたし、練習をサボったこともない。その成果として中学校最後の県大会では上位の成績を残すことができた。
しかし、そこまでだった。本当に強い奴には全く歯が立たなかったし、全国大会にだって一度も出たことがない。毎日一生懸命練習したにも関わらずだ。だから才能に関しては可もなく不可もなくといったところだろう。そんな俺が実際に凶悪なモンスターと戦っている兵団の中でも飛び抜けた才能があるとは思えなかった。
二つ目に考えられたのは、俺の世界とこの世界の技術力の差という理由だ。
俺は剣道の練習を通して、先生や先輩から様々な指導を受けてきた。この指導は言ってみれば、今まで培われてきた戦いの技術の伝承とも言える。俺の世界も戦いの歴史は長いし、効率良く勝つための技術も向上していったはずだ。俺も知らずの内にその技術を伝承していたのかもしれない。一方で、この世界は技術というより力で押し通すスタイルしか無いから、技術力の差でトミーは俺に歯が立たなかったのかもしれない。
考えておいてあれだが、この考えについても俺はいまいちしっくりきていない。この世界も歴史は長そうだし、何より近年まで戦争をしていた。ならば歴史や戦争を通して戦いの技術は向上していくはずだし、同じ条件の俺の世界と大きく差が出る理由がない。
俺はベッドから起き上がり、歩きながら考えをまとめ始めた。ならば考えられるのは一つだ。これが最も有力だと思っている。これを何とか実証してみたい。
部屋をさっと見渡し何か使えそうなものを探してみる。すると部屋の隅でハエのような虫が飛んでいるのが見えた。俺は虫に近づき、瞬く間に虫を捕まえる。俺はそのまま窓を開け、その虫を逃がしてあげた。
やはりそうだ。俺自身の身体能力がこの世界に来てからかなり向上している。飛んでいるハエを捕まえることなんて元の世界にいたころの俺だったら簡単には出来なかったはずだ。しかし今は何の苦も無くハエを捕らえることができた。ハエの動きがとても遅く見えたからだ。
「なるほど、となるとトミーがなんであんな戦い方をしたのかわかってきたぞ。」
トミーは恐らくスピードに自信があるタイプの兵士なのだろう。爆発的な瞬発力を活かして相手の懐に一気に飛び込み勝負を決める。それであれば何度も突撃だけしてきた理由も理解できた。
しかし、俺自身の身体能力がトミーのスピードすらも上回ってしまい、トミーの動きを完全に読むことができたのだ。だから俺はトミーに簡単に勝つことができ、周りはトミーを圧倒した俺に驚いたのだろう。
「何がきっかけで急にこんな力を得られたのか分からないけど、これが勇者の力ってやつか・・・」
俺は自分自身に今までにない力がみなぎっていることを感じ始めていた。この世界に来た当初は戦いの素人である俺が魔王を倒すことなんてできるのか不安だったが、こんな簡単に能力が向上するのであれば、あながち魔王討伐も夢では無くなってきた。
「訓練も楽しいし、トミーとも友達になれた。そして魔王を倒す道筋も見えてきたってわけか。よし!これなら何とかなりそうだ!」
俺は窓から外を見ると、夜空には相変わらず月に似た惑星が浮かんでいた。その惑星を見ながら俺は、これから訪れる未来が順風満帆なものであると確信し始めた。
大丈夫絶対に上手くいく。俺は魔王を倒して元の世界に帰るんだ。




