第18話
翌朝、俺はリックとドロシーを起こさないように注意しながら、そっと寝床を離れた。
俺たちは村長から空き家を貸してもらい、そこに泊まった。二人はゴーレムスネイクとの戦闘による疲れに加え、かなりのお酒を飲んだみたいで、空き家に到着すると同時に倒れ込むように寝てしまった。
そして朝になっても起きる気配のない二人に少し呆れながら俺は外に出た。
……
「……うぅ、冷えるな」
俺は両手で腕をさすりながらつぶやいた。
七月の終わりが近づき、すでに夏が到来しているが、この村は大陸中央のゴーレム山脈付近に位置するためか、カーレイド王国や商業都市エゼムに比べて、朝方は少し冷え込むようだ。
(一帯に霧がかっているけど……)
辺りは霧が満ちていたが、俺はこの村を散策してみたいと思った。
なんとなく、ミアの育ったこの村がどのような場所なのか知りたくなったからだ。
俺は霧の中、朝の空気を吸い込むように深呼吸ながら道を歩き始めた。
……
村は思った以上に狭く、三十分もしないうちに全体を回り、見ることができた。
特に珍しいものなどなく、小さな家や畑、家畜用の小屋があるだけで、なんの特徴もない村だった。
(こんな小さな村で、居場所がないなんてな)
俺は村を見回しながら、昨夜の村長の話を思い出した。
ミアは村長の本当の孫ではなく、この村の人間でもない。居場所がなく、孤独な境遇だった。
(そう意味じゃ、俺たちも一緒か……)
ふと、俺たちとミアの間に共通点があることに気づいた。
リックとドロシーは教会で育った人間だ。生い立ちなど詳しいことは聞いたことがなかったが、諜報機関”庭園”に所属していることを考えると、天涯孤独であるのは間違いないはず。
そして俺自身は……二人とは違い、家族はいるがこの世界にはいない。
この世界で俺は孤独だった。かつて最も信頼し、家族のようにも友人のようにも思っていた人間と決別した。今後俺は誰も信じられず、ずっと孤独のまま、戦っていくのだろう。
俺とリック、ドロシー、それにミア……全員の性格はまるで違うが、この世界に居場所がない人間、そんな俺たちが集まって魔王という強大な敵に挑むのは、なんだか悪くないような気がした。
(……はあ、絶対に後悔するな、俺)
昨日までならあり得なかった考えを俺は受け入れ始めていた。
……
「お、帰ってきた。おーい、タケルさん!」
家に戻ってくると、外にいたリックが俺に声を掛けてきた。
「おう、起きたか二人とも」
俺は片手を上げながら返事をした。
「ふわぁ……おはよう、タケル」
ドロシーは眠そうに目を擦りながら言った。
「ああ、おはよう。……もう、準備はできたか?村長に挨拶したら村を出るぞ」
「ええ、それは構わないですけど、結局ミアちゃんのことどうするつもり……ん?」
俺の言葉に対し、リックが答えようとした時、こちらに近づいてくる二人組がいた。
「皆さまおはようございます。もう出発されるのですか?」
近づいてきたのは村長とミアだった。村長は俺たちの前に立ち止まり尋ねた。
「はい。村長、昨夜は宴を開いてもらっただけじゃなく、このような場所まで貸してくださり、ありがとうございました」
「いいえ、ゴーレムスネイクを倒していただいたのです。この程度のことしかできず、逆に申し訳ないばかりで……」
俺と村長はお互いに頭を下げながらお礼を言い合った。
「……」
ふと村長の隣にいるミアを見ると、彼女は少しふてくされた様子で黙っていた。
(今日は一段と機嫌が悪そうだな)
俺はうんざりしながらミアを見ていると、一歩前に出た彼女がバスケットを無言で差し出してきた。
「何だよ、これ?」
ミアに尋ねながら俺はバスケットを受け取り、中身を見た。
バスケットには数えられないほどのカシュウ草が入っていた。
「昨日採取した分に家に貯蔵してあったカシュウ草を加えたんです。それだけあれば、みんなが今やってる依頼も大丈夫でしょ?」
ミアは俺に視線を合わせないまま答えた。
「俺はまだお前をどうするかなんて言ってないんだけど」
「……一晩よく考えて、昨日の私はさすがに自分勝手だったなって思い直したんです。みんなにはみんなの都合があるのに、それを考えずに私をパーティに入れろって」
俺に対し、ミアは俯いたまま小さな声で話し出した。
「それに受け入れられていないってわかっている場所に私もいたくない。だったらカシュウ草は関係なしに、今ここで、私をパーティに入れるか決めてほしい。そう考えたから、先にカシュウ草を渡したんです」
(……“受け入れられていない”か)
ミアの言った言葉の中でそこが印象に残った。村長の言う通り、ミアは自分の本当の居場所をどこかに探しているのだろう。
ふとリックとドロシーの顔を見た。俺に対し、二人は微笑みながら小さく頷いた。もう俺がなんて答えるのかわかっているようだ。
「……少しでも泣き言言ったり、駄々をこねたりしたらクビにするからな」
「……え?」
俺の言葉の意味がわからなかったのか、ミアはポカンとした顔をしていた。
「だから、パーティに入れるって言ったんだよ。言っておくけど、本当に冒険者は大変な仕事だからな、後悔しても知らないぞ」
「……」
俺が改めて言ってもミアはよくわからなかったのか、口を半開きにしながらその場で固まっていた。
しかし、次第にその表情が笑顔に変わっていった。
「本当!嘘じゃないよね!?後でやっぱりなしとかそんなこと言わない!?」
「言わない。ほらお前も早く準備してこい。早く出発したいんだから」
俺にさらに近づきながら上目遣いで尋ねてくるミアに対し、俺は目を逸らして答えた。
「……やったああ!!私、頑張るから!泣き言も言わないし、駄々もこねない!みんなの役に立ってみせるから!!」
ミアは興奮したように俺に言いながら、踊るようにその場で飛び跳ね始めた。
(ああ、もう後悔してきた……)
目の前の嬉しそうなミアの様子を見ながら、やっぱり自分の決断が間違っていたのだと確信した。




