第15話
ここ最近父上の体調が思わしくなくてね。少し前までは精力的に政務に取り組んでいたのだが、最近では床から起きられない日もあるくらいだ。医者が言うには大きな病気ではないそうだが・・・」
カーレイド王との会談を終えた後、城内を移動中に表情を暗くしたヴィクターは俺に言った。
「父上に万が一のことがあれば、この国は大きく変わる。父上が健在なうちに不安の種は摘んでおかなければいけないんだ。」
俺はヴィクターの話を黙って聞いていた。ヴィクターは俺が魔王討伐に疑問を持ち始めたことに気づいたのだろうか。俺に対して魔王を倒す意義を語っているように見えた。ヴィクターも必死なのだろう。現国王が亡くなれば、この国、そしてこの世界が大きく変化するのかもしれない。その変化の中で、ヴィクターは王として今の体制を維持していかなければならないのだ。
俺には政治のことや王子の重責なんてものは分からないが、ヴィクターがこの国を守りたいと思っていることだけは理解ができた。しかし、俺にはもう魔王を倒す理由とか意義なんてものは関係ない。俺は魔女の命令に従い、魔王と呼ばれる存在を倒すだけだ。そう覚悟を決めたんだ。
「よし話は変わるが、タケル、今日から早速訓練を始めたいと思うけど、問題ないかな?」
先程までの暗い顔とは一転、太陽のような眩しい笑顔でヴィクターは言った。
「もちろん!楽しみだったくらいだよ!いったいどんな訓練をする予定なの?」
「タケルにはしばらくの間、カーレイド王国の兵団に入ってもらうと考えている。そこで剣術の基本に付いて学んでほしい。兵士長には話を通してあるから、問題なく訓練ができると思う。ただ一つ注意してほしいことがある。」
「注意?」
「兵士長を始め、他の兵たちはタケルが勇者だってことを知らない。だからタケルについては、僕が街で才能ある若者を見つけて従者にしたってことにしているから、何とかうまく話を合わせて訓練を受けてほしいんだ。」
俺は突然言われたヴィクターからの設定に呆然としてしまったが、さらにヴィクターは付け足した。
「ちなみにタケルはこの国の出身ではなく他の国の出身ってことにもしたから、この国のことを詳しく知らなくても怪しまれることないと思う。くれぐれもうっかり口を滑らせないよう気を付けてくれ。」
とんでもなく無茶なことを言われている気がする。勇者であることを隠すのは良いとして、他国から来た才能ある若者なんて設定すぐにボロが出そうだ。そもそもまだこの地でまともに剣すら握っていないのに、どこをどう見たら俺に才能があるように見えるのだろうか。
「才能はともかく、他の国のことなんて全く分からないんだけど。」
「もし出身地を聞かれたら、商業都市エゼムの名前を出すといい。そこで鉱石を仕入れて各国に売り歩いていたってことにしよう。そこまで言えば、恐らく誰もそれ以上のことは追及しない。この国の大半の人間はエゼムになんて行ったことがないから、質問しようにも何も聞けないだろうしね。」
ヴィクターはニコニコとしながら言った。この状況をヴィクターはなんだか楽しんでいるように見えた。その設定を意地でもバレないようにするのは俺だというのに。
俺はため息をつきながら「わかったよ」と一言だけ、ヴィクターに言った。




