第7話
「確かに生えてるって言えば、生えてますけど……」
小さな岩に腰掛けながら、リックはガッカリしたような表情で言った。
老人に教えられた岩場に到着すると、目当てのカシュウ草を見つけられた。
しかし、数本のカシュウ草を採取できただけで、思った以上の成果を得られず、依頼達成に必要な本数には到底達していなかった。
「……辺り一帯見てきたけど、全然見つからなかった」
俺たちの元に戻ってきたドロシーが淡々と言った。
どうやらこの岩場にあるカシュウ草は、今集めたもので全てのようだ。
「マズイですよ。このままじゃ依頼未達成で、ポイントが減少してしまいます。九月末の昇給発表まで残り二カ月を切っていることを考えると、これはかなりの致命傷になるはずです」
リックは立ち上がると、髪をクシャクシャとしながら焦るように言った。
一つの依頼をこなすのに一日もかからないものもあれば、一ヵ月近く時間を要するものもあった。
当然ながら、ポイントの高い高難度依頼は時間がかかるものが多く、今回の依頼を成功させることは、シルバーになる上で欠かせないものだった。
「しかし、肝心のカシュウ草がこれ以上見つからないんじゃどうしようもないだろ?」
「いいえ、まだあります。”カシュウ渓谷”に行きましょう!もともとそのつもりだったんですし」
俺の言葉にリックは強い口調で答えた。
(……カシュウ渓谷か)
先ほどの老人の言葉が気になり、俺は正直そこへ行くことに気が進まなかった。
別に俺一人ならどうとでもなるかもしれない、しかし……
「……?」
俺がドロシーを見つめると、視線の合ったドロシーが首をかしげた。
「……タケルさん、ちょっといいですか?」
リックは無表情のまま岩の物陰を指差し、俺に移動するよう促した。
俺は黙って、リックについていった。
……
「タケルさん、俺たちは今冒険者なんです!冒険者である以上、危険を避けることはできません!」
岩陰に移動すると、リックは俺を咎めるように言った。
「わかってるよ。別に俺は危険を恐れているわけじゃない」
「いいえ、確かにタケルさんは今までの依頼でも率先して一番危ない役割をやってくれていました。しかし、それはドロシーを守るためじゃないんですか?」
俺の言葉に対し、リックは真剣な表情で尋ねた。
「……そんなつもりはない。その方が効率がいいって思ったからだよ」
そんなリックから目を逸らして、俺は小さな声で答えた。
「正直に言って、ドロシーはそこまで戦いが得意なわけではありません。俺だって彼女に苦手なことをやらせるのは、心苦しく思いますよ!だけど!」
リックの声は次第に大きく強いものに変わっていった。
「ドロシーは俺と同じく”あなたを守る”という仕事をしています。あなたに危険が及ぶぐらいなら、俺たちは命を投げ捨ててでもそれを排除する、その覚悟を持って、あなたのそばにいるんです!」
そして、その表情はいつものような柔らかいものではなく、今まで見たことのないような怒りに満ちていた。
(……なんでだよ。どうして俺のためにそんな……俺は……)
「もっとドロシーのことを信じてやってください。そりゃあ、ちょっと強いモンスターを目の前にすれば、恐怖で体の震えが止まらなくなってしまうような奴です」
何も言い返せない俺に対し、リックはそのまま話を続けた。
「それでもドロシーは逃げないでしょ!?あなたを、タケルさんを守りたいからなんです!どうかお願いです!ドロシーを、俺たちをちゃんと仲間として認めてください!」
(仲間として認める?俺は自分の目的のために、お前たちのことをただ利用しているだけで……)
「タケルさん?いったい何を怖がっているんですか?……もしかして、俺たちが死ぬかもしれないって考えてます?」
リックの言葉に俺は強く動揺した。心の奥底の思いが読まれてしまったように思えたからだ。
「……まあ、タケルさんと出会ってまだ一年半ですし、それで信じろっていうのも無理な話かもしれないですね」
リックは何かを諦めたような表情で俺に言うと、そのままその場を離れ始めた。
「だけど、俺たちはそんな”やわ”じゃないですよ。そう簡単に死んでやったりしませんから」
リックはそうつぶやくと、そのままドロシーのもとに戻っていった。
俺はリックの言葉に何も答えられなかった。
……
「……タケル」
数分して二人の元に戻ると、ドロシーが心配そうに声を掛けてきた。
リックは何の表情もなく、俺をじっと見つめていた。
「二人とも、これから”カシュウ渓谷”に向かう。急いで準備してくれ」
俺が二人に伝えると、リックは言葉を発することなく準備を始めた。
「……強いモンスター……いるのかな?」
しかし、ドロシーは俯いたまま一言つぶやくだけだった。表情はいつも通りだが、俺には彼女が必死に恐怖と戦っているのだとわかった。
「大丈夫だよ。俺が守るから」
俺は無理に笑顔を浮かべてドロシーに言った。
「……うん」
その言葉を聞いたドロシーは小さく深呼吸すると、荷物の整理を始めた。
そんな俺たちのやり取りをリックが悲しそうに見ていることに俺は気が付いた。
(……悪い、リック。俺はやっぱりお前たちのことを信じない)
俺は”二人が死なない”ということを信じないと決めた。
自分だけを信じ、仲間を守り続ければ、もう誰も死なせることはない。
その考えがどんなにリックとドロシーを傷つけるものであっても、俺にはそれが最良だと思えた。




