外伝 土王アレクサンドラ 第15話
「ここにアウストリアがいるんだ……」
私はシスターに連れられ、大陸南部にある小さな街を訪れていた。
「かつてアウストリア様が生まれ育った場所だそうで、本人の希望もあって、療養の地として、ここに移住したのです。サーシャ様はこちらは初めてですよね?」
「うん、そうだね。ここに来たのは初めてだよ。だけど……」
シスターの言葉に答えながら、私は子どもの頃のアウストリアを思い出していた。
一度だけアウストリアが故郷について話してくれたことがあった。ゴーレム山脈が近くに見えるほどの田舎で何もない、つまらない場所だと、その時、彼は言っていた。
(……なんか思っていたのと違うな)
街は小さいながらも人の行き交いが頻繁で店も多く、活気にあふれていた。
(アウストリアはかつての”つまらない場所”を求めて帰ってきたんじゃないのかな?)
この数十年で街は発展したのだろう。それは良いことなのだろうが、アウストリアの気持ちを考えると少しばかり寂しくなった。
人も街も時を経て変化していく。私は改めてそのことを実感した。
……
「こちらでございます」
私はシスターに街の外れにある屋敷へと案内された。
屋敷は意外にこぢんまりとしていて、どこか質素なものに感じられた。
それに既視感もあった。そう、これは……
(建物と庭が私たちの孤児院に似ている気がする)
なぜアウストリアは孤児院に似せた屋敷を作ったのかシスターに尋ねようかとも考えたが、それはせずに、建物に向かう彼女に続いた。
……
「ただいま戻りました、アウストリア様。お部屋に入りますよ」
シスターは扉をノックしながら中に向かって声を掛けた。
「……」
中から返事はなかった。しかしシスターはそれを気にすることなく、扉を開けた。
(え!?ちょっと待ってよ!まだ心の準備が……)
ここに来て自分がかなり緊張していることに気が付いた。
だが、扉はもう開いており、私はシスターに促され、部屋の中に入るしかなかった。
「……」
そこにはベッドに横たわる一人の老人がいた。老人は骨と皮しか見えないほどやせ細っていて、髪も薄く、肌も黒色に近いほど悪く見えた。
その老人はアウストリアだった。以前の欲にまみれたような見た目ではなくなったが、今のその姿も私を驚かせるのには十分だった。
「……久しぶりですね、サーシャ様」
アウストリアはこちらに顔だけ向け、驚く様子もなく私に言った。
「……なんか変わったね。元気だった?」
私は以前聖地でアウストリアと再会した時と同じ言葉で尋ねた。
「あなたは相変わらずですね、サーシャ様。私はこのとおり……元気にやっております」
アウストリアもその時と同じ言葉で私に答えた。
私は何も言えなくなった。ここに来る前はアウストリアによって唱えられた教義のことや教会軍のこと、そして彼が今まで犯してきた罪について、全てを糾弾するつもりだった。
しかし、私の胸に締め付けられるような強い感情がこみ上げてきてしまい、言いたかったことはすべて泡のように消え失せてしまった。
「今日は突然……どうしたのです?……私はこう見えても暇ではないんです。なので……今回のような急な訪問は遠慮いただきたいのですが?」
アウストリアはまた以前と同じ言葉を言った。
「……ふふ、そうだね、ごめんね」
その言葉に私は思わず微笑みながら、優しくアウストリアに答えた。
この瞬間、私はアウストリアと以前のような関係に戻れたような気がした。
……
それから私とアウストリアは昔話に花を咲かせた。
アウストリアが初めて孤児院に来た時のこと、シデクス教について語り合ったこと、一緒に戦災地を回ったこと、楽しかった時の思い出を二人で確かめるように話した。
「……サーシャ様はまったく変わりませんね。昔のままだ」
ふとアウストリアが私の顔を見てつぶやいた。
「もう、ひどいな!私だって少しは成長しているんだよ!」
私はムッとしながらアウストリアに反論した。いつの間にか昔のようにアウストリアと話せるようになっていた。
「……最近、私は考えるのです。もし、あなたと同じエルフ族に生まれていれば、もっと長生きして、あなたの夢の為にこの身を捧げられたのに……なんてことを。いやエルフでなくてもいい……人族よりも長命な種族に生まれていれば、私は……」
「そんな、アウストリア、あなたは……」
アウストリアの言葉に私は答えようとしたが、これ以上その先の言葉を口にすることはできなかった。
”まだこれからじゃない!”、そんな言葉は今のアウストリアにとって気休めどころか、残酷でしかなかったからだ。
「ねえ、前から聞きたかったんだけど、どうしてアウストリアはそこまで”私の夢”のために頑張ってくれるの?」
飲み込んだ言葉の代わりに、私はずっと気になっていたことをアウストリアに尋ねた。
「……」
アウストリアは何も答えず、じっと私を見つめていた。その表情からは何の考えも感情も読み取れなかった。
「……サーシャ様。あなたは私をどう思っているのですか?」
アウストリアは私の質問に答えなかったが、代わりに私に尋ねてきた。
「どうって……そうだなあ」
突然の質問に私は思いを巡らせた。
ここに来るまではアウストリアに対して、様々な嫌な感情を持っていた。しかし、今はこうして話をするうちに、昔のようなアウストリアに対する気持ちが芽生えていた。
(その気持ちを言葉にするなら……)
「私にとってアウストリアは”私の子ども”かな?」
私は自分の言葉に頷きながらアウストリアに答えた。
「私には本当の子どもはいない。だけど、あなたを含め孤児院で育った子どもたちはみんな自分の子どものように思ってる」
アウストリアと出会ってからここまで、良いことも悪いこともあり、彼に対して変わってしまった気持ちもあったが、それでも彼と出会った時から変わらないものがあったのだと、私は話をしながら気が付いた。
「どんなに幼くても、どんなに年老いてしまっても、それは変わらない。私にとってあなたは”大切な私の子ども”なの」
私はアウストリアに笑顔を向けながら自分の思いを伝えた。
「……そうですか」
アウストリアは小さな声でつぶやいた。しかし、何となくだが、その表情は悲しいものに感じられた。
「……あなたはいつも私を”子ども扱い”してばかりだ。結局、私を認めてくれなかったのですね」
「え?それってどういう……?」
私はアウストリアの言っていることの意味がわからず、それを尋ねようとした。
「すみません、少し疲れてしまいました。……もう寝ます」
しかし、アウストリアは私の言葉を遮るように言うと、そのまま目を閉じ、眠ってしまった。
こうなれば、これ以上私がここにいることはできなかった。
私はゆっくりと立ち上がり、静かに部屋から退室した。
……
シスターにアウストリアが眠ってしまったことを告げ、私は屋敷を出た。
これからどうするかまったく考えていなかったが、私はしばらくこの街に滞在することにした。
(……アウストリアはもう長くない。だったらせめて最期の時まで一緒にいてあげたい)
私は屋敷の方へと振り返りながら、自分の気持ちを確かめた。
(……最後にアウストリアは何を言いたかったんだろう?また明日にでも訊いてみようかな?)
そんなことを考えながら、私はシスターから紹介されていた宿に向かって歩き出した。
しかし、その日の夜だった。宿泊していた宿にシスターからの使いがやってきた。
使いの言葉を聞いて、私はすぐに屋敷に戻った。
部屋にはすすり泣くシスターとベッドに横たわったまま動かない老人がいた。
アウストリアはすでに亡くなっていた。




