第13話
ヴィクターと話した後、俺は用意された夕食を取った。味はとても素晴らしかったはずだが、さきほど浮かんだ疑念が頭から離れず、全く料理に集中出来なかった。夕食後に個室に案内され、そこでヴィクターと別れ、今は部屋のベッドで天井をぼんやりと見ながら横になっている。
「本当にこの世界の魔王を倒さなければならないのだろうか?」
ヴィクターの話を聞いて最初に感じた違和感は、この世界の魔王と俺が考える魔王像は大分異なるということだ。
魔王というと、人を苦しめたり、世界を破滅させたりと、とにかくとんでもない悪行を行うイメージだったが、この世界の魔王は単に人族以外の種族の王というだけで、少なくともヴィクターの話からは魔王の邪悪さは感じられなかった。
「でもヴィクターは魔王が居なくなることを望んでいるようだった。だけど本当にそれでいいのか?」
ヴィクターの話から推察すると、魔王がいなくなると人族の勢力が広がるのだろう。そうなれば、ヴィクターを始めとする人族にとってこの世界はより住みやすくなるはずだ。しかし、亜人と呼ばれる他種族はどうだろうか。この世界から居場所が無くなり、最終的には滅亡に至るかもしれない。
「それだけのことを俺がやらないといけないのか・・・」
正直、魔王を倒すことで苦しむ人がいるのだと考えると、全くと言っていいほど、魔王討伐などやる気にもなれなかった。ヴィクターのことは信じたいし、彼が間違っているとは思いたくない。
しかし、彼自身もこの国の住人なのだから、アウストリア派の教えを子どもの頃から聞かされているはずだ。それであれば、純粋にこの世界のために魔王を倒すという訳では無く、人族あるいはアウストリア派の利益のために動いているのかもしれない。
「うわあ、考えれば考えるほど魔王を倒すことが正しいこととは思えない・・・また逃げ出してしまおうか・・・」
俺は昼間逃げ出して失敗したばかりだというのに、またしても逃げることを考えてしまう。
ダメだな俺って。逃げ出したって状況が良くなるわけではないのに。そもそも俺はこの世界で一人では生きていけないのだ。
「はあ、もう元の世界に帰りたいなあ。」
俺は暗い気持ちになりながら、気分を変えようと窓から外を眺めた。ここは異世界だが、地球の夜空と同じように星があり、月があった。この世界ではあの月ような惑星は何と呼ばれているのだろうか、なんてどうでもいいことを考えながらぼんやりと外を眺め続けた。
「ルカは大丈夫かな。」
夜空を眺めていたら、ふと妹の顔が浮かんできた。俺がこの世界に行くことになった原因だが、別に恨んでいるという訳では無い。むしろ今では妹のことがなによりも心配だった。
妹とはそりが合わずいつも喧嘩ばかりだったが、あの時、妹が死んだと思った時は、どんなことをしても妹を助けたいと思った。そんな気持ちが自分の中にあったのは本当に不思議だった。
「最後にルカを見た時はいつも通りだったけど、本当にもう大丈夫なんだろうか?」
異世界に来てから当然ながらルカには会っていない。魔女は助けたと言っていたが、ルカが元気なままだという保証はどこにもない。魔女の気持ち次第でまた妹の命が失われることもありえるのだ。
俺は妹のことを考えながら、覚悟を決めることにした。
「・・・俺は魔女の奴隷なんだ。奴隷に選択肢なんてない。仮にこの世界の人たちが不幸になったって、魔王を倒すしかないんだ。」
夜空を見ながら、俺は先ほどまでの心の迷いを断ち切った。種族や宗派なんて関係ない。魔王を倒さなければ、妹の命が危ないのだ。
「何としてでも魔王を倒してやる。どんな相手でも俺は成し遂げてみせるさ。」
もう迷わない、魔王を倒す。俺は夜空に浮かぶ月のような惑星に誓った。




