外伝 土王アレクサンドラ 第11話
「……教皇?」
アウストリアの発したその言葉を私は繰り返した。
先ほど、この部屋の前まで一緒だった神父も、私のことを同じように呼んでいたが、それがどのような意味を持つのか、私には予想もつかなかった。
「シデクス教の頂点に君臨する者、すなわち”王”を意味する言葉です。私がその言葉を作りました。今までは責任者や指導者など、あいまいな言葉でサーシャ様の地位を示しておりましたが、これではいけないと思い、このような言葉を用いるようにしたのです。」
アウストリアは自分の言葉に頷きながら、私にその意味を説明した。
「……ちょっと待って!確かにシデクス教が大きくなって誰かがまとめないといけないから、今まで私は責任者って立場を担っていたけど、本来シデクス教には上も下もないの!それなのに、”王”ってどういうことなの!?」
私は嫌な予感を覚えながらもアウストリアに尋ねた。
「以前も話したでしょう?組織を束ね、それをより強固なものにするのは大変なことです。私のような人間ならともかく、大衆は常に道に迷います。『いったい何を信じれば良いのか』『誰の言葉が正しいのか』とね」
アウストリアは両手を広げ、私に崇拝するような視線を向けた。
「そんな彼らを導く存在が必要なのです。それがシデクス教の王である教皇サーシャ様、あなたなのですよ」
その目から、嫌みや冗談ではなく、アウストリアは本気で言っているのだということが伝わってきた。
「……それならもう辞める」
「うん?何です?」
「教皇か王か知らないけど、もう私はシデクス教を辞めるって言っているの!!私は誰かを支配するつもりなんてまったくないから!!」
自分でも驚くような大きな声で私はアウストリアに言った。
(……これ以上、私がシデクス教に関わったら世界は大変なことになる。別にシデクス教を辞めたって、私の中にある教えが消えるわけじゃない!だったら……)
「いいえ、それは無理ですよ、サーシャ様」
しかし、私の言葉にアウストリアは顔色一つ変えることなく言った。
「教会軍のこれまでの戦いは、全てサーシャ様の名の下に行われています。もうサーシャ様も私も、そしてシデクス教の信徒たちも後には引けないのです」
「……何を言っているの?」
意味がわからなかった。なぜ私がまったく知らない教会軍の行いが、私の名前によって行われているという話になるのだろうか。
「サーシャ様、なぜ教会軍の兵士たちが子どもや老人まで残虐に殺せるのかわかりますか?別に彼らの性格が非人道的だということではないのです。彼らは至って普通の人間なのですから」
「ふざけないで!あんなこと、普通の人間にできるわけが……!」
「彼らは信じているのですよ、サーシャ様を。サーシャ様の命令だから、彼らはどんな人間でも殺すことができるのです。それは正しいことだから。彼らにとって戦いの全てがシデクス教、そしてサーシャ様のための”聖戦”ということになるのでしょう」
私がアウストリアの言葉に反論しようとするのを、彼は遮り、そしてそのまま続けた。
「しかし、今サーシャ様がシデクス教をお辞めになったら、彼らはどうなるのです?きっと、自分が今までしてきたことに疑念を持ち、いずれ強い後悔を覚えるでしょうね。それによって、彼らの人生が今後どうなるのか、考えるまでもありません」
話し終えたアウストリアは疲れたのか再び席に座り、「ふう」とため息をついた。
私の頭の中は真っ白になっていた。それだけではなく、目の前に広がるこの趣味の悪い部屋の装飾や、アウストリアの顔までもが歪んで見えた。
「……最低」
私は小さな声でつぶやき、アウストリアに背を向けた。もうこれ以上、この部屋に居たくなかった。
「……絶対にあなたを許さない。教会軍にもあなたにも、これ以上好き勝手させないから」
私はそうつぶやくと部屋の扉に向かって歩き始めた。
「……あなたはやはり、”私を認めない”のですね」
私が部屋の扉に手を掛けようとした時、アウストリアは低い声で言った。
「”三年”あげましょう。それまでにあなたが考えを改め、私に従うということであれば、全て水に流すとしますが……それ以上は待てません。あなたと違って人族には”時間”がないのでね。その時には、取るべき手段を取らせてもらいますよ」
少しだけアウストリアの声が寂しそうなものに感じられた。しかし、私はそんな彼の言葉を無視し、部屋を出て、神殿を後にした。




